『芋焼酎、ありますよ』が、『この一本、面白いんですよ』に変わる夜…

飲食店やバーのカウンターで、よく耳にする「芋焼酎、ありますよ!」という一言…

もちろん間違いではないのですが、どこかすれ違いのような寂しさを感じることがあります…
僕たちがそこに求めているのは、単なる銘柄の分類ではなく、その一杯がまとっている気配のようなものだからかもしれません。

もしもそのとき、「この一本、実は杜氏さんが良い意味の変態で、畑の話からすごく面白いんですよ!」なんて言葉がそっと添えられたら…
手元にあるグラスの向こう側に、見知らぬ土地の風景や風がふっと広がり始める気がします…

結論から言えば、街のカルチャーというのは名物や看板で作られるのではなく、こうした「自分の言葉で語れる人」の数によって育っていくのだと思っています。

最近、三軒茶屋の現場で立ち会ったひとつの時間から、そんなことを考えていました。

一杯を語る前に、造り手の人を知る

先日お迎えしたのは、熊本県人吉市にある寿福酒造場の五代目杜氏、吉松良太さんです。
意外にも人生で初めてのセミナー講師だったそうで、「緊張していまして……」と照れくさそうに口を開く姿に、会場にはあたたかな笑いが生まれました。

常圧蒸留、全工程手作業、地元産の新米、そして最小限の濾過。
スペックや製法だけを並べれば、専門用語の羅列になってしまいます…
けれど、彼がぽつりと漏らした言葉に、その場にいた全員が静かに息をのむことになりました…

「誰が何と言おうと、自分が美味いと思えればそれでいいんです…」

その一言を聞いたとき、僕たちが受け取っていたのは技術の解説ではなく、造り手の信念そのものでした。
知識を暗記して誰かに教え込みたいわけじゃない。
僕たちが惹かれるのは、そのお酒の背景にある人の佇まいや、一杯に込められた時間なのだと気づかされます…

店に来る前から、その一杯は始まっている

その日、あえて真夏に提案されたのは、温度や飲み方を変えてクラフト焼酎の表情を探る試みでした。

お湯割り、燗ロック、そして前割り…
同じお酒のはずなのに、仕立てを変えるだけで驚くほど豊かな顔を見せます…

なかでも会場の空気が一番やわらかく動いたのは、あらかじめ水で割り、数日間寝かせておいたという14度の前割りでした…
一口含んだあとに訪れる、静かな驚き…

「これ、本当に14度ですか?」と、隣の人と顔を見合わせる心地よい間…
前割りは、注文を受けてから急いで作れるものではありません!
少なくとも数日前から、誰かが「美味しくなるように…」と準備してくれている。

つまり目の前にある一杯は、僕たちが店へ訪れるずっと前から始まっていたということです。
味の良さだけでなく、その背景にある見えない時間まで含めて味わうこと…
そこにクラフト焼酎の本当の豊かさがある気がしています。

「面白い一杯」を語れる人が、街の文化をつくる

街に「この一本、面白いんですよ!」と静かに語れるキュレーターが増えていくこと…

それは知識を誇るためではなく、訪れた人の夜を少しだけ温かく彩るためなのだと思っています!
寿福酒造場さんとの時間で学んだのは、同じ一杯でも仕立てによって表情が変わる面白さでした…

では、そもそも最初から違う表情をしているのはなぜなのか?
その答えを探しに行くのが、次に予定している鹿児島県いちき串木野市・白石酒造さんを迎える時間です。

畑が違い、季節が違い、時間が違う…
単に「違いを味わう」のではなく、「なぜその違いが生まれたのか?」という理由を物語として受け取る…

そんな風にお酒と向き合ったとき、クラフト焼酎はもうただ酔うための液体ではなく、目の前の大切な人との会話を深めてくれる小さなきっかけになります。

今夜、もしどこかのカウンターでお酒を選ぶ機会があったなら…
スペックや知名度で選ぶのを少しだけお休みして、「何か面白いストーリーのある一杯はありますか?」と尋ねてみてください。
その問いかけひとつで、手元にあるグラスの表情が、いつもよりほんの少しだけ、あたたかく見えてくるかもしれません…


【三軒酎屋の中の人note】
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女性の1人飲みの参考書?

『口開け酒場でひとり呑み』

倉嶋紀和子(くらしま きわこ)
日本の雑誌編集長、エッセイスト、タレント
大衆酒場文化の第一人者として多方面で活躍
・肩書:『古典酒場』創刊編集長
・称号:酒サムライ(2022年叙任)
・愛称:酔女(吉田類さん命名の俳号)
・雑誌創刊:2007年に居酒屋特化誌『古典酒場』を創刊
・TV出演:『二軒目どうする?』『にっぽん酒処めぐり』など

この記事を書いた人

中島健壱|三軒酎屋の中の人