前回は、八王子ナポリタンが少しずつ街に広がっていった話を書きました…
高尾山には人が来るけど、その人たちが八王子の市街地まで自然に足を伸ばすかというと、現実はそう簡単ではありませんでした…
そこで僕は、八王子の街に立ち寄る入口として「ナポリタン」という名前を使えないかと考えました。
「八王子を、ナポリタン日本一の街にする」
今思えば、少し馬鹿げた言葉ですが、その少し馬鹿げた言葉が、街の中に会話を生みました…
「八王子って、ナポリタンなの?」
「なんで?」
「どこで食べられるの?」
その“なんで?”から、少しずつ参加してくれる店が増えていきました。
お店のメニューになり、取材が入り、学校給食になり、思いがけない商品化にもつながっていきました…
自分の頭の中にしかなかった言葉が、誰かの昼ごはんになっていく。
それは、企画に関わる人間にとって、とても嬉しくて、少し怖いくらい甘い体験でした。
広がる名前、考えていなかった未来
でも当時の僕は、その名前が広がった後のことを、きちんと考えていませんでした…
誰かが大きく儲けるためではなく、ただ八王子の街に新しい入口をつくりたかった!
高尾山だけで終わらず、市街地にも人が降りてくる理由をつくりたかった!
資料を作り、店を回り、人に説明したり、取材に対応し、調整し、また説明する…
気づけば、休日もその活動に使っていました。
休みの日に家を出るとき、家族に「また行くの?」という顔をされたこともあります。
それでも当時の僕は、街が少しずつ反応してくれることが嬉しかったのだと思います…
「うちもやってみたい!」
「面白いね!」
「食べに来た人がいたよ‼︎」
そんな声を聞くたびに、疲れよりも、前に進んでいる感覚の方が勝っていました…
善意だけでは守れないもの
けれど、名前が広がるということは、その名前に価値が生まれるということでもあります…
僕は、そのことを甘く見ていました。
八王子ナポリタンという名前が広がり始めた頃、周りから「商標は押さえておいた方がいい」と言われたこともありましたが、僕は、本気で受け止めていませんでした…
街のためにやっていることだから…
みんなで盛り上げている企画だから…
協力してくれている人たちだから、悪いようにはならないだろう…
そう信じていたというより、そう信じたかったのだと思います。
そしてある時、その名前の商標が、自分ではない人の手で取得されていることを知りました…
初めて知った「企画を守る」ということ
その瞬間の気持ちは、今でもうまく言葉にできません…
悔しさもあり、怒りもありましたし、「なぜ?」という気持ちも当然ありました…
でも、一番大きかったのは、自分の甘さへの後悔でした。
自分が店を回り、人に説明し、少しずつ育ててきた名前が、自分の知らないところで別のものになっていくように感じたのです。
もちろん、名前は僕ひとりのものではありません…
参加してくれた店があり、食べてくれた人がいて、面白がってくれた街の人たちがいました。
だからこそ本当は、最初に決めておくべきでした…
誰がその名前を管理するのか?
どう使っていいのか?
どこまでを共有し、どこからを守るのか?
関わる人たちが安心して使えるように、どんなルールをつくるのか?
でも当時の僕は、そういう話をどこか野暮なことだと思っていました。
せっかくみんなで盛り上がっているのに、権利の話をするのは水を差すようで嫌だった…
街のためと言いながら、商標やルールの話をするのは冷たいことのように感じていた。
でも、それは間違いでした…
企画を守ることは、人を疑うことではありませんでした。
むしろ、善意で関わってくれる人たちを守るために、最初に必要なことでした。
街を見るのが怖くなった
この出来事のあと、しばらく僕は街を見るのが少し怖くなりました。
それまでの僕は、知らない商店街を歩くだけで、勝手に企画の種を探してしまう人間でした…
古い喫茶店、小さな居酒屋、夕方に灯りがつき始める店先。
そういうものを見ると、すぐに「ここに何かできないかな」と考えてしまう。
たぶん、僕は街を面白がることが好きだったのだと思います。
でもその頃は、その好きだったものに近づくのが怖くなっていました。
また信じて、また傷つくのではないか…
また誰かと始めて、また守れなくなるのではないか…
そんな気持ちが先に立ってしまうのです。
もう地域企画なんてやめよう…
もう街をどうにかしようなんて考えるのはやめよう…
もう誰かと一緒に何かをつくるのは、しばらく無理かもしれない…
本気で、そう思っていました。
三軒酎屋で、もう一度街を信じる
でも、時間が経ってから少しずつ見えてきたことがあります。
熱量だけでは、企画は続かないし、善意だけでは、人は守れない!
名前が広がるなら、その名前をどう扱うのかを決めておかなければいけない‼︎
それは冷たい話ではなく、続けるための優しさでした。
この経験は、今の三軒酎屋にも深くつながっています。
三軒酎屋では、ただ一夜だけ盛り上がるイベントをつくりたいわけではありません。
蔵元がいて、酒販店がいて、飲食店がいて、カウンターで注ぐ人がいて、飲む人がいる…
クラフト焼酎が誰かの一杯になるまでには、いくつもの人の手があります。
そのどこかに無理があれば、熱は続いていきません。
だから、三軒酎屋では、誰かひとりが燃え尽きるような形にはしたくないのです…
ある夜、三軒茶屋のカウンターで、ふらりと暖簾をくぐる。店主に「これ、ちょっと面白いですよ」とすすめられる。
グラスを傾けながら、「この蔵、どこにあるんですか」と聞いてみる。
その一言から、知らなかった土地や、造り手の時間が少しだけ近くなる。
そんな小さな出会いが、街のあちこちに残っていくなら…
僕はもう一度、街を信じてみたいと思っています。
とはいえ、八王子のあとにすぐ三軒茶屋へたどり着けたわけではありません。
傷ついたはずなのに、僕はもう一度だけ、別の街で、別の食の名前に手を伸ばすことになります。
次回は、「稲城消防団カレー」の話を書きます。

【三軒酎屋の中の人note】
毎週土曜日更新
女性の1人飲みの参考書?
倉嶋紀和子(くらしま きわこ)
日本の雑誌編集長、エッセイスト、タレント
大衆酒場文化の第一人者として多方面で活躍
・肩書:『古典酒場』創刊編集長
・称号:酒サムライ(2022年叙任)
・愛称:酔女(吉田類さん命名の俳号)
・雑誌創刊:2007年に居酒屋特化誌『古典酒場』を創刊
・TV出演:『二軒目どうする?』『にっぽん酒処めぐり』など

