下戸だって良い酔いは手に入る

みなさん週にいかほど飲んでおられますか。
わたくしはそれは、ねえ、まあいいじゃないですか。

最近よく飲む友人の一人に、下戸のひとがいます。
下戸の友人と飯に行っていることを、「飲みに行く」と言ってしまってるのは、その行っている場所がどちらかというとお酒を出すぞというメッセージ性のある飲食店であるからで、本当に飯だけで帰るなら、それは飯を食ったと言うでしょう。

しかし僕にとってそれが飲みに行ったという体験であろうとも、下戸の彼はアルコールの摂取はおこなっていないわけですが、彼にとってもまたそれは「飲みに行った」で間違いがないと言うのです。
つまり酒を飲みにきているのではなく、酒場で時間を過ごすということを、酔っ払いである我々と同等、あるいはそれ以上に楽しんでいる。

夜が深くなれば、少し声が大きくなったり、あるいは話のネタがコアになっていったりと、そういうことがあるわけですが、これにシラフのままについてくる。なんなら追い越されている日もあると感じます。これはある種の良い酔いなのではないでしょうか。

ではそんな彼は何を飲んでいるか。3時間を超える飲み会でずっと水ばかりというわけではもちろんなく、烏龍茶とオレンジジュースの反復横跳びをしているわけでもありません。彼と行く店には、酒以外のおもしろく興味深い飲み物がちらほらあるのです。

そして彼はそれらを存分にたのしみながら、少しずつ「酔って」いく。
もちろんノンアルコールなので本当に酔うことはどこまでいってもないわけですが、口はよく回るようになったりするのです。
なんなら酔ってないので、あちらの方が頭も回ったりなんかして。しかも全部覚えているというのでタチがわ、おっとそんなことはないですよ、ははは。

あいつは下戸だから今日は違うかなあ、となってしまうのは、ある意味で酒に飲まれたいときの気持ちなのかもしれません。そういう日ももちろんありますよ、酒でしか流せない涙もあるでしょう、飲める人にとっては。それはある意味で、自ら求める「悪い酔い」とでもいうべきものかもしれなく、こと良い酔いに限って言えば、アルコールの有無というより、だれと、どこで、どんな話をして、どんな時間を過ごしているのか。そういった酒以外の要素の方がよっぽど効果的なのでは、と感じています。

さて今週のヨヨイノヨイは。

何度も行ったことのある地方都市の中の、なんとなく行ってなかった飲み屋街へ初訪問。
似たようなのれんばかりの中、えいやと入った店が大正解。

隣では、50年前はゴールデン街でよく飲んでたよ!という紳士が常温の日本酒を傾けています。

きのことバターなんて何皿でもいけますからね。
ではまた来週!

この記事を書いた人

逸見愚栄(へんみ ぐえい)