みなさまには、わたしはあの店の常連です、という場所はありますか。
わたしは一応あります。一応といってみせるのは、わたしが思っていたとして、店主が思っているかどうかなんぞは、実際のところはわかりません、という意味であります。
日々働いている人の変わる駅前の牛丼屋、これは通っても通ってもなかなか覚えてもらうことができない。
いやもしかしたら覚えてもらってるのかもしれないですが、店員さんにとってその人を覚えていることに利がないので、もしかして覚えていても覚えているそぶりをしない、という可能性もある。
よくインターネッツのショート動画で回ってくるコンビニ店員さんとのやりとりみたいな小ネタ、あれはもう間違いなく常連ではないですか。
レジ越しに話しかけられる。そのほんの一瞬ですが、そこには人と人とのコミュニケーションがあるわけです。
本当にそんなコンビニあるの?わたしには一件だけあります。
年に3度か、多くても4度しかいかない、とある地方都市のコンビニなのですが、もう5年か7年か、そのくらい長期にわたってそこでずっと働いてるお兄さんがいて、私たちは明確にお互いのことを認識していて、元気にしてましたか!?と会話をします。
本当にそれだけで、地方コンビニあるある、地元のお酒コーナーに並ぶ瓶をガシャリとカゴに入れてお会計して、また会おうね!なんて手を振り、10分後にはその夜の宴会を始めます。でも、なんとなく、これこそが常連みたいなものの原体験なのではないかと思うのです。
そう、またね、です。うまかった店にはうまかったすよ!と声をかけて帰るのを自分ルールにしているわたしですが、また来るぞきっと、と思った店は、その暖簾をくぐるときに必ず、またきます!と言うようにしています。
その再訪がどれくらい先になるかはわからないのですが、というよりそれを言ったのにまだ2度目に行けてない店もあり、自らの未熟さにほとほと嫌気がさすわけですけれども、2度目あるいは3度目にいったとき、あー、あんた!あんときの!と言ってもらえたら、これほどうれしいことはありません。
そんな体験をしたいのであれば、良い酔いを追求しましょう。
存在感がない酔いでは覚えてもらえませんし、悪い酔いをしたときには嫌な思い出として記憶され、まあ自分から再訪することも基本的にはないでしょうが、その場にはもういいことなんぞ基本的にはありません。
たまに大逆転があるなんて話も聞いたことはありますが、あまりにも高度すぎるでしょう。
ただアルコールを体内に入れてハイになる、あるいはローになる。
それだけが必要な日ももちろんありますが、そうではない、対話としての飲酒をたのしみましょうよ。
そんな夜の日にくぐった暖簾を恋しくなる夜がきますよ。
さて今週のヨヨイノヨイは。
とかなんとか言っちゃって、今週は一人でそういった心持ちで酒と対面したことがなかったような気がします。
でも頭でっかちになりながらの飲酒というのも、これまた一興です。
辞書を飲み、酒を読む。
それではまた来週!
