三軒茶屋の夜には、少しだけ余白があります。
ただし、それは静かな余白ではありません…
駅前には人の流れがあり、車の音があり、明るい看板がある…
古い店と新しい店が入り混じり、いろいろな夜が同じ場所に重なっている…
少し雑多で、少し騒がしい
でも、不思議とひとりでも紛れ込める…
そのざわつきの中に、誰かの一言で夜の行き先が変わるような距離感があります。
たぶん、クラフト焼酎のような酒は、そういう街の方が似合うのだと思います…
主役として大きく照らされるより、カウンターの会話の中で、ふいに手渡される。
「これ、ちょっと面白いですよ」
その一言で、夜の選択肢にそっと入り込んでくる…
僕はこれまで、街に名前をつける面白さと、その名前を育てる難しさを、身をもって知りました…
それでもまた、三軒茶屋の夜で考えてしまったのです。
この雑多な街の中で、クラフト焼酎との出会い方をつくれないだろうか?
きっかけは、ある一杯のクラフト焼酎でした…
カウンターでのあの一杯が自分を変えた
カウンターで、知らない蔵の焼酎をすすめられました…
ラベルを見ただけでは、正直、何がすごいのか分かりません。
名前も、土地も、造っている人のことも知らない…
焼酎に詳しくない人なら、そのまま通り過ぎてしまう一杯だったと思います。
でも、店の人がふと添えた「この蔵、面白いんですよ」という言葉で、グラスの中身の見え方が少し変わりました…
その蔵がどんな土地にあるのか、どんな人が造っているのか…
冷やして飲むのか、お湯で割るのか?
飲み方ひとつで香りが変わることも、この店がその一本を選んでいる理由も、会話の中でゆっくりほどけていきました…
気づけば、ただの知らないお酒だったものが、遠くの土地から三軒茶屋の夜まで届いてきた一杯のように感じられたのです…
そのとき、少しだけ分かった気がしました
クラフト焼酎は、味だけで届く酒ではないのかもしれません…
誰かの言葉を通ることで、急に距離が縮まり、知らない土地や造り手の顔が、グラスの向こうに少しだけ見えてくる…
それは、とても面白い体験でした…
でも同時に、少し悔しくもありました…
これだけ面白いものが、まだ多くの人の夜に入りきっていない!
「焼酎」という言葉の古いイメージの中で、詳しい人だけの酒のように思われ、最初の一杯に選ばれる前に、そっと外されてしまうことがある…
魅力が足りないわけではない…
ただ、出会い方がまだ足りていないのかもしれない…
届くための言葉が、まだ十分に用意されていないのかもしれない…
そう思った瞬間、また心が動いてしまいました。
この一杯を、もう少し自然に誰かの夜へ届けられないだろうか?
クラフト焼酎との出会い方を、三軒茶屋の街の中につくれないだろうか?
そんな余計なことを、気づけば考え始めていたのです…

三軒茶屋‐五臓六腑
三軒茶屋には、五臓六腑という店があります。
焼酎を長く扱ってきた、三茶の老舗居酒屋で、店内にはさまざまな蔵の焼酎が並び、銘柄を置くだけではなく、飲み方や背景まで含めて、お客さんに自然に手渡してきました…
僕にとって、三軒酎屋の種は、すでにその現場にあったのだと思います。
そうして見えてきたのが、三軒茶屋を「クラフト焼酎を語る街」として少しずつ育てていく、という発想でした…
三軒茶屋の「茶」を、勝手に「酎」に変えて、三軒酎屋‼︎
かなり乱暴な言葉遊びです…
けれど、街の見え方を変えるには、少し馬鹿げた言葉くらいがちょうどいいのかもしれません!笑
もちろん、大きな看板を掲げて、街全体を一気に変えたいわけではありません。
まずは、三軒茶屋の夜の中に、クラフト焼酎と出会う小さな入口を増やしていきたいと思ったのです。
たとえば、ある夜のカウンターで、店の人が一本の焼酎を手に取る…
「これ、ちょっと面白いですよ!」
その一言に誘われて、お客さんが一杯頼んでみる…
飲み終えたあと、ふと「この蔵、どこにあるんですか?」と聞いてみる…
それだけで、夜の見え方は少し変わります…
知らなかった一杯が、誰かの記憶に残り、帰り道に、さっき聞いた蔵の名前を思い出す…
次の店で飲むときに、「この前、焼酎って面白いなと思ったんですよ」と話がつながる…
三軒酎屋がつくりたいのは、そんな何気ない夜の連なりです
知識を増やすことだけが目的ではありませんし、焼酎に詳しい人を増やすことだけでもありません。
知らなかった一杯に出会い、その一杯の向こう側を少しだけ知りたくなる夜を増やしたい…
昼間に言葉を交わした店主と蔵元が、夜にはカウンターで一つのグラスを挟んで笑い合っている。
蔵元の話を聞いた店の人が、翌日の営業でお客さんにそっと一言を添える…
その一言が、誰かの最初の一杯になる。
そんな場面が、街のあちこちで少しずつ増えていけばいい…
街が変わるとき、最初から大きな音はしないのだと思います

三軒茶屋から三軒酎屋への一歩
最初は、一杯のおすすめ
店の人の「この蔵、面白いんですよ」という一言
誰かの「これ、美味しいですね」という小さな反応…
その何気ない言葉が積み重なったとき、街の見え方は少しずつ変わっていく。
三軒茶屋と聞いて、クラフト焼酎を思い浮かべる人は、まだほとんどいないと思います。
でも、今夜どこかのカウンターで、いつもなら頼まない一杯を頼んでみる…
店の人に「これ、どこの焼酎なんですか」と聞いてみる…
それだけで、夜の景色は少し変わります。
三軒茶屋の「茶」が、ほんの少しだけ「酎」に見える夜…
そんな夜が一つ増えたなら、この街は昨日とは少し違って見えるのかもしれません。
今夜、どこかのカウンターで選ばれる、小さな一杯の向こう側で…

【三軒酎屋の中の人note】
毎週土曜日更新
女性の1人飲みの参考書?
倉嶋紀和子(くらしま きわこ)
日本の雑誌編集長、エッセイスト、タレント
大衆酒場文化の第一人者として多方面で活躍
・肩書:『古典酒場』創刊編集長
・称号:酒サムライ(2022年叙任)
・愛称:酔女(吉田類さん命名の俳号)
・雑誌創刊:2007年に居酒屋特化誌『古典酒場』を創刊
・TV出演:『二軒目どうする?』『にっぽん酒処めぐり』など

