「幻」のラベルをはがすとき――銘酒『村尾』が教えてくれた、手仕事の体温

「村尾」という名前は、ときどき少し、強すぎるように感じられます…

お酒にそこまで詳しくない方でも、「なかなか手に入らない、すごい焼酎」というイメージを持っているかもしれません。
入手困難、プレミア、幻の一本。
そんな強い言葉が、どうしてもお酒の前に立ってしまう…

正直に言うと、鹿児島県薩摩川内市にある村尾酒造を訪ねる前の僕にも、どこかミーハーな期待がありました。
あの村尾を造る蔵には、どんな秘密の製法があるのだろう?と。
けれど、静かな蔵のなかで聞いたお話は、そんな華やかな響きとは少し違う場所にありました。
そこにあったのは、派手な武勇伝でも、魔法のようなレシピでもありません。
ただ、その年の芋を見て、もろみの状態を確かめ、タンクごとの個性を見極める…

自然の揺らぎを受け止めながら、目指す味わいへと整えていく、とても地道な手仕事でした。

「当たり前のこと」を、当たり前ではない精度で続けている現場。
その純度こそが、このお酒の本当の凄さなのだと気づかされたのです。

僕たちが三軒茶屋という街を「クラフト焼酎を語る街」にしていきたいと動くなかで、この「村尾」という存在をどう手渡していくかは、大きなテーマでした。
名前が一人歩きしてしまったお酒のラベルを一度はがして、中身の体温をどう伝えるか?
今回は、そんなクラフト焼酎の「揺らぎ」の愛おしさについて、少しお話しさせてください。

黒い壁が語る、積み重ねてきた時間

蔵の前に立つと、まず目に入るのは、黒く沈んだ木の壁でした…

飾り立てるのではなく、そこに長くあり続けてきたものだけが持つ、静かな重み。
黒麹とともに過ごしてきた時間が、壁の色や梁の佇まい、蔵に漂う空気の中に、しっとりと溶け込んでいるようでした。

蔵は、語らなくても語っている…その黒い壁を見た瞬間、僕の中で「村尾」という名前の見え方が、少しずつ変わり始めていました。
特に印象的だったのは、芋の状態による酒質の変化のお話です

「芋焼酎は、芋から造られる」

あまりにも当たり前のことですが、蔵で改めて聞くと、その言葉の重みが変わります。
サツマイモは工業製品ではありません!
収穫時期や保存状態によって、水分量も甘さも香りの出方も変わる…
芋が変われば、もろみが変わり、酒質も変わる…
つまりクラフト焼酎は、「同じレシピのボタンを押せば、いつでも同じ味が出るお酒」ではないのです。

相手は自然だから、必ずブレる!
けれどそのブレは単なる不安定さではなく、その年の自然が残した「署名」のようなものなのかもしれません。

村尾酒造では、「薩摩茶屋」と「村尾」という2つの銘柄を交互に仕込みながら、芋の状態による変化を見極め、全体のバランスを整えていくそうです。
変わらない味を頑なに守っているというより、変わり続ける自然を、人間の手でしなやかに整え続けている。
そう思うと、あのボトルが急に、血の通ったものとして見えてきます。

「詰め口」に宿る、その年、その時期の表情

今回、僕が一番わくわくしたのは、ボトルにお酒を詰める「詰め口(つめくち)」のお話でした。

村尾は、長く寝かせてから世に出すというより、新しく造られた原酒を、すでに貯蔵されている焼酎へ少しずつ継ぎ足しながら造られます。
だから同じ銘柄であっても、瓶詰めされた時期によって、その年に造られた新しい原酒の割合が変わるのです。

秋頃の詰め口よりも、冬が深まった時期の詰め口の方が、その年の原酒の存在感が増してくる。
今年の芋のニュアンスや、造りたてならではの若々しい新酒感が、より素直に顔を出してくる。
詰め口の日付は、単なる記号ではありません。
その年の芋、その時期の造りの呼吸が、どれくらい一本の中に表れているのかを感じるための、小さなしるしなのです。

そう考えると、「プレミアな一本を飲んだ」という消費だけで終わらせるのは、少しもったいない気がします。
いつ飲んでも同じ安心があることは、もちろん素晴らしい価値です。
でも、それだけではない「今だけの表情」がボトルの中に閉じ込められているとしたら、なんだかそれを見届けてみたくはならないでしょうか。

手に入れて満足するお酒ではなく、「今年の、この時期の表情」を確かめにいくお酒。
そう整理してみると、クラフト焼酎との付き合い方はもっと自由で、愉しいものになる気がするのです。

味わいの表現で、忘れられない言葉もありました。
「ただ甘いのではない。目指したいのは、焼き甘栗のような雰囲気」
焼酎は糖質ゼロの蒸留酒なのに、飲むとどこか、ほっとするような甘みを感じることがあります。

それは舌で感じる糖分ではなく、香ばしさや口当たり、余韻がつくる「甘く感じる記憶」なのだと思います。
糖質はない。でも、甘さの記憶はある…

この余白こそが、クラフト焼酎の面白いところです。
難しい専門用語やスペックの競争で語るのではなく、飲む人の日常の記憶にそっと近づけて、味の輪郭を手渡すこと。
それが、僕たちキュレーターの役割なのかもしれません…
「このボトルは、新酒のみずみずしさがよく出ていますよ」
「今日は、少しドライに感じるかもしれませんね」
カウンターでそんな言葉を添えるだけで、味わいの揺らぎは、その夜だけの個性に変わります。

クラフト焼酎の魅力は、蔵の中で完成して終わりではありません。
どんな空間で、どんな言葉と一緒に注がれるかによって、飲み手の中で初めて完成するものなのだと思います。

特別な当たり前を、嘘のない言葉で街へ手渡す

村尾は、有名だから特別なのではない。
特別な当たり前を、馬鹿正直に積み重ねてきたから、結果としてその名前が残った。
この順番を、僕は街でグラスを差し出す人間として、決して間違えたくないと思っています。
僕たちが三軒茶屋で仕掛けようとしている「クラフト焼酎を語る街」という試みも、きっと同じです。

何か特別な魔法を使うのではなく、一本のボトルに込められた職人の手仕事を、どうやって嘘のない言葉で手渡していくか…
その地道な価値翻訳の積み重ねの先にしか、新しいカルチャーは生まれないと思っています。

希少性というラベルを一度はがしてみる…
すると、価格ではなく流れた時間が、名前ではなく職人の手のぬくもりが見えてきます。

今夜、もしどこかのカウンターで「村尾」や「薩摩茶屋」の文字を見かけたら…

幻の一本として崇めるのではなく、今年の自然の表情を少し覗かせてもらうような、気軽な気持ちで選んでみてはいかがでしょうか?
それだけで、目の前の一杯は、昨日よりもずっと深い余韻を連れてきてくれるはずです。


【三軒酎屋の中の人note】
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女性の1人飲みの参考書?

『口開け酒場でひとり呑み』

倉嶋紀和子(くらしま きわこ)
日本の雑誌編集長、エッセイスト、タレント
大衆酒場文化の第一人者として多方面で活躍
・肩書:『古典酒場』創刊編集長
・称号:酒サムライ(2022年叙任)
・愛称:酔女(吉田類さん命名の俳号)
・雑誌創刊:2007年に居酒屋特化誌『古典酒場』を創刊
・TV出演:『二軒目どうする?』『にっぽん酒処めぐり』など

この記事を書いた人

中島健壱|三軒酎屋の中の人