鹿児島県志布志市にある若潮酒造。
地元で長く愛されてきた「白若潮」「黒若潮」をはじめ、近年では革新的な芋焼酎「GLOW」シリーズで全国の焼酎ファンから注目を集めている。
しかし、その人気商品の裏側には、単なる焼酎メーカーという言葉では語り尽くせない、独自の哲学と挑戦が存在していた。
今回の取材では、伝統的な手造り蔵「千刻蔵」から最先端の製造現場、そしてそこに宿るクラフトマンシップまで、若潮酒造の原点を紐解いていく。

異なる経験から、若潮酒造の現在と未来を見つめる2人
今回話を伺ったのは、製造現場を統括する杜氏の高吉誠氏(以下、高吉氏)と、製造経験を経て、現在は経営や広報、社内環境の刷新に取り組む上村曜介氏(以下、上村氏)である。
異なる経験と役割を持つ2人の歩みをたどると、若潮酒造の酒造りと組織造りを支える考え方が見えてくる。
製造部門を統括する責任者(杜氏)である高吉氏は、入社して20年目になる人物だ。
入社以来、製造一筋で歩んでおり、酒造の中核を担うようになってから、10年ほどのキャリアを持つ。
前職は別の会社でお酒を売る側に立っていたが、それ以前は飲食の仕事を経験していた。
そこでワインの勉強をしていくうちにその魅力にのめり込み、お酒全般を売る仕事を10年経験した後、「今度は造ってみよう」という想いから若潮酒造に入社した経歴を持つ。
続いて紹介するのが、上村氏である。
上村氏は大学院修了後、食品メーカーの研究所で6年間勤務した。
その後、若潮酒造に入り、取材時点で入社8年目を迎えている。
最初の5年間は製造部に所属して蔵の中で実際に酒造りを経験した。
製造現場を離れたここ3年ほどは、その経験を生かしながら、経営、広報、会社の仕組みや社内環境の刷新に取り組んでいる。
製造の現場を長く歩んできた高吉氏と、製造経験を土台に組織の未来を考える上村氏。それぞれの視点と経験が重なりながら、若潮酒造の酒造りと組織造りを支えている。
スケールを超えて-「クラフト」という言葉に託す、メーカーとしての誇り
現代の焼酎市場において、「クラフト」は注目を集める言葉の1つとなっている。その意味や可能性について、上村氏は期待を寄せる一方、言葉が狭く解釈されることへの懸念も抱いている。
上村氏は、「クラフトという言葉自体は世界的に見ても焼酎に限らず流行っており、その価値の認識が世界中に通用する言葉になっているという意味では良いなと思っている側面もある。」と語る。
しかし同時に、そのクラフトという言葉が「少量生産」や「手造り」ということだけを指してしまうと、「かなり限定されてしまうのではないか」という懸念も抱いている。
少量生産や手造りだけが良いとなってしまうと、「色々な焼酎の楽しみ方や作り方があって良いよね」という考え方とは、むしろ逆の方向へ進んでしまうのではないかと危惧を覚えている。
大量生産であっても、そこに職人仕事の精神性があり、どのような背景や意図をもって造られているのかが伝わるものであれば、それは非常に価値のあるものである。
上村氏は、クラフトという言葉が少量、職人、手造りだけに限定されず、その背景にあるメーカーの思いや意図というところに対して使われる言葉になったら良いのではないかと考えている。
事実、上村氏は他社の事例として、1日に麦を約200トン投入して大規模な麦焼酎製造を行う工場を見学した際の経験を挙げる。
それだけの膨大な生産量を維持しながら、徹底して高い品質を追求し続けるための設備と、それを支える技術はまさにクラフトと呼ぶにふさわしいものであったという。
機械で造っていても、その裏側には必ず背景や意図が存在する。
だからこそ、「自分たちはこういう背景があって、こういう思いで造っています」という部分こそが大事なのである。
高吉氏もまた、クラフトという言葉がただのイメージだけで捉えられているような現状に触れ、大手も小規模も関係なく、生産量の大小にかかわらず、みんなクラフトマンシップで造っているのだと語る。
そのためには、小規模も大手も互いを尊重し合うことが大切であり、そうなることでより業界全体が発展していくのではないかという想いが、若潮酒造の根底には流れている。

工場タイプにおける製造の現場と、3時間の睡眠
高吉氏は、手造りの商品と、「GLOW」シリーズなどを造る工場タイプの商品を、全く同じ情熱の延長線上で捉えている。
ただ手を使うか、機械を使うかが違うだけであって、どちらも全部クラフトなのである。
むしろ、機械が導入され、量が多くなったからこそ、「GLOW」シリーズの方が大変な面も多い。
機械を導入しても、かなり手動で微調整や管理を行うことが多いからだ。高吉氏自身、工場タイプの蔵の大変な実態を振り返る。
麹を仕込む期間は、家に帰っても、スマホでそのデータが見られる環境であった。
そのため、夜中も続いていく製造の動向を見守る必要があり、連続して3時間以上眠れない日が続いたという。
大きな工場タイプであっても、手造りでなく便利になったからと言って、お酒という生き物の面倒を見る作業が変わるわけではない。
だからこそ、「規模が大きいからクラフトではないというのは、違う」と高吉氏は言う。
お酒が自動的に完成して出てくるわけではない。
量が多いからこそ、その裏側にある調整や管理には大きな手間と責任が伴う。スマホで常に管理ができるようになった現在でも、夜中も続いていく製造の面倒を見る作業の本質は、手造りの蔵とそれほど変わらない。
それこそが、若潮酒造がすべての製造において共通して持っているクラフトマンシップである。

料理を仕立てるように-マーケットインの視点と焼酎造り
若潮酒造の製品開発を方向付けるもう1つの重要な背骨が、「マーケットイン」の思想である。これは、自分たちの作りたいものだけを一方的に市場に押し出すプロダクトアウトではなく、常に飲み手の顔を浮かべながら、市場の視点を取り入れていく手法だ。
杜氏の高吉氏がこの視点を持つに至った背景には、前職までの飲食やお酒の販売経験がある。もともと食べるのが好きで、実家が農家だったため、子供の頃から食材や美味しいものに興味があった。自分が作ったものを美味しいと言ってもらえることが原体験だったという。
大人になり、自らが造り手となってからは、子どもの頃に抱いていた芋焼酎のイメージを変えたいという強い想いが原動力となった。高吉氏は、少年時代に抱いていた芋焼酎への印象をこう振り返る。
「父親が部屋で一升瓶の蓋をこう、ポンって開けるたびに、もう嫌な気持ちになったのを覚えてます。ただその、当時の若潮っていうのはあの、臭くて辛いで有名な焼酎で、もう30年、40年前というのはですね。なんでこんな臭いのを飲むんだろうって子どもながらに思っていました。」
大人になってお酒を飲み始めてからも、やはり芋焼酎というのは最初の入りが良くなかったため、どうしても「飲みにくいお酒みたいなものがあった」という。
しかし、お酒を売る仕事を経験し、20年前に若潮酒造での製造に入ってからは、そのイメージを覆したいという強い想いが芽生える。
芋焼酎に対してあまり良くない印象を持つ人々に向けて、「そういう表現をちょっと変えたいという想いは、作り始めの20年くらい前からありました。どんな人にでもいい香りだと思ってもらえるようなお酒を作りたい、という気持ちはずっと持っていたんです。」と、その想いは酒造りへの強い思いへと変わっていったという。
高吉氏にとって、焼酎造りは料理と一緒である。
「僕の中では、焼酎造りも料理と一緒なんですよね。色々な素材の組み合わせとか、その良さを引き出すとか。お客様の顔を浮かべながら、まずそっちを。プロダクトアウトではなくて、マーケットインっていうのが強いんです。」
飲み手の顔を浮かべながら素材の良さを引き出していくその造りは、料理を愛し、販売の最前線を経験してきた高吉氏ならではの、客観的な視点に基づいた酒造りである。
仕組みのリニューアルと持続可能な未来へ
若潮酒造が持つ素晴らしいクラフトマンシップや製品開発の哲学を次世代へと確実につないでいくため、現在、持続可能な組織の構築に力が注がれている。
人口減少が進む地方では、働き手の確保が年々難しくなっている。若潮酒造にとっても、採用と人材育成は、酒造りの未来に直結する重要な課題である。
上村氏は、これからの職場づくりについて次のように語る。
「まずは地元の人に、若潮酒造で働きたいと思ってもらえる会社にしたいです。そのためには、働きがいだけでなく、待遇面も含めて良くしていきたい」と語る。
さらに、県外の人にも、鹿児島へ移住して若潮酒造で働きたいと思ってもらえる環境をつくりたいと考えている。
焼酎メーカーをはじめとする伝統産業には、長い歴史のなかで形成された独自の慣習や仕組みが残っている会社も少なくない。上村氏自身も、入社した当初、驚くこともあったという。
もちろん、長く受け継がれてきたものを、古いという理由だけで変えればよいわけではない。一方で、働く人の意欲を高め、新しい人材を迎え入れるためには、守るべき文化と、時代に合わせて変えるべき仕組みを見極める必要がある。
そのため、上村氏はここ数年、製造を離れてまさにその組織の仕組みの刷新、誰もが心地よく生き生きと輝ける労働環境の整備という重要なタスクに正面から取り組んでいる。
現在の若潮酒造は、高吉氏をはじめとする45歳から50歳前後の世代が、各部署の部長や課長といった現場の主要な役職に就き、実務を力強く牽引している。
会社としての長期的な組織維持を見据え、その次の世代である上村氏ら40代の育成に加え、さらに若い世代にも、若潮酒造で働きたいと思ってもらえる環境を整えることが、長期的な組織づくりにおける大きなテーマとなっている。
伝統的な製品をリスペクトとともに守りながら、組織の仕組みを整え、機械を使うモダンな現場であっても徹底的な職人仕事の熱量を維持し続けること。
伝統と革新を共存させ、両輪を回し、どちらの製品にも等しく「造り手の美しい意図と背景」という確かな背骨を通すこと。
この若潮酒造のクラフトマンシップに対する揺るぎない共通認識こそが、すべての製品の未来を柔らかく照らす土台となっているのである。

【編集部ノート】
取材において最も深く胸を打たれたのは、上村氏と高吉氏が発した「クラフト」という言葉に対する、どこまでも客観的で、知的で、広い視野である。
クラフトという言葉は、往々にして「手造り」「小規模」といった特定の記号だけで語られがちだが、彼らはその手法の境界を軽やかに、そして美しく超えてみせた。
高吉氏が明かした、工場タイプの蔵における製造の実態。データ画面を見守りながら熱心に麹の温度をコントロールし続ける凛とした夜は、機械を使う現場であっても、そこには人間の深い執念と情熱が宿っていることを雄べんに物語っている。
手法が手作業か機械かという違いだけで、クラフトの価値が決まるわけではない。
どのような想いと責任を持って1つの製品に向き合うのか。その姿勢こそがクラフトの本質なのだという2人の言葉からは、もの造りの現場を担う者としての確かな誇りが伝わってきた。
これまでの良き伝統を大切にしながら、組織の仕組みを現代の空気感に合わせてしなやかにリニューアルしようとする上村氏の試みは、次世代の若者たちが誇りを持って、心地よく働ける持続可能な産業を築くための、素晴らしい挑戦である。
規模や手法にとらわれず、製品の裏側にある「意図と背景」の美しさを追求する若潮酒造の姿勢は、これからのもの造りのあり方に、とても明るく洗練された示唆を与えてくれている。
(第2回に続く)
文|山本龍成