第2回では、若潮酒造の原点である手造り蔵「千刻蔵」を訪ね、日本にただ1人しか作ることのできない木樽蒸留器や、五感を研ぎ澄ませながら焼酎と向き合う職人たちの姿を追った。
そこには、単なる技術の継承ではなく、飲み手を想いながらより良い1本を追求する「造り手の哲学」が息づいていた。
しかし、若潮酒造の挑戦は伝統を守ることだけにとどまらない。
その哲学を土台にしながら、芋焼酎のイメージを刷新し、新たな飲み手との出会いを生み出そうとしている。
従来のイメージの刷新と、革新的な「GLOW」
若潮酒造は、従来の芋焼酎のイメージを刷新するため、約20年前から香り高い焼酎造りを目指してきた。
その試行錯誤の末に、初心者でも楽しめる新しい焼酎の形として開発されたのが、現在の同社を代表する銘柄「GLOW EP05」である。
千刻蔵で培われてきた緻密な伝統技術を根底に置きながら、応用によって新たな香りを引き出したGLOW。
その具体的な製造方法は現在に至るまで企業秘密とされており、製法を明かさない独自性と、その味わいから、現在は市場で非常に高い人気を誇る焼酎となっている。
フルーティーで甘い香りを出しつつ、製造の過程で出やすくなる苦味や渋みを抑える品質を追求して完成した「GLOW EP05」であったが、発売当初、伝統的な造りを重視する業界内や地域からは「これは焼酎ではない」といった反対意見も多かった。さらに、営業や流通の現場でも大きな摩擦が起きていた。
その当時の状況をリアルに語るのが、現在は広報と営業を担当する服部氏である。
服部氏はもともと営業部門に所属していたが、蔵が広報にも注力していくために2年ほど前に広報部を立ち上げた際、そちらへ配属された経歴を持つ。
日々、見学者や取引先に蔵の取り組みを自らの言葉で伝えている人物だ。
服部氏は、発売初期の酒販店や問屋との間に生じたやり取りを次のように振り返る。
「最初の頃、問屋さんや酒屋さんに案内した時は怒られましたね。『悪いけれど服部さん、若潮さんが製法を説明できないお酒を、どうやって俺たちが売るの?』って。初年度は、どんな味だろうというワクワク感を想像して楽しんでほしくて、あえて製法を完全な社外秘にして出したんです。そしたら、取引先はお客さんに案内しなければいけないから、『そんな面倒なものは要らない』と言われてしまいました。 割と地元の酒屋さんは『若潮さんは地元だから、文句を言うより先に早く現物を持ってきなさい』と普通に扱ってくれたんです。そこで2年目の2019年は、案内書と一緒に小さなサンプルボトルを送るようにしました。問屋さんたちが事前に試飲できるよう改善したことで一気に評価され、そこからお客さんへ配ってくれるようになりました。」
この「GLOW」や「跳ねる一日」をはじめとする製品は、瓶詰めと出荷が追いつかないほどのヒット作となり、再販を決定した際にも大きな反響を呼んだ。しかしそこでも、服部氏が直面した独自の苦労があったという。
「再販を決めた後、しばらくして『酒屋が選ぶ焼酎大賞 芋焼酎部門 大賞』を受賞したんです。その時も、問屋さんたちがこぞって『回せる分だけ回してほしい、どうしても欲しい』と言ってこられて、全然足りませんでした。そうしたら、それはそれでめちゃくちゃ怒られて。もう、何を出しても、品薄になっても怒られるんだなと。あんなに怒られるとは思いませんでしたね。」
最初の頃は「製法が分からないから売れない」と怒られ、今度は「人気すぎて在庫が足りない」と怒られる。
そんな現場の悲喜交々を笑顔で語る服部氏。かつての戸惑いに満ちた拒絶は、いまや製品への絶大な期待と愛着がもたらす「嬉しい叱られ」へと変わった。
こうした営業と広報の最前線で巻き起こるリアルな摩擦と、それを乗り越えてきたコミュニケーションの積み重ねこそが、現在のGLOWを支える確かな原動力となっている。

海外展開の現状と、地元で愛される銘柄との「両輪」
国内で大きな反響を呼んだGLOWや、一日シリーズのなかでも跳ねる一日は、現在、中国や韓国を中心に輸出が増加しており、現地で非常に伸びてきている。欧米にも輸出しているものの、まだ量は限られており、今後のさらなる市場開拓を目指している段階だ。
上村氏は、こうした革新的な製品を入り口として、伝統的な焼酎の魅力へとつないでいきたいというビジョンを語る。
「日本国内や海外を問わず、まずはGLOWや一日シリーズのような製品で焼酎に興味を持ってもらい、そこから徐々に焼酎の面白さを知っていってほしいと考えています。最近は色々な手造りの焼酎が出ています。そうした中で、日本国内でも『このクラシックな焼酎もやっぱり美味しいね』となることが結構あるんです。同じような体験を、海外でも作っていけたらいいなと思っています。」
若潮酒造の基本コンセプトは、「伝統と革新の両輪」である。
新しい層へ向けて道を切り拓くGLOWがある一方で、地元・鹿児島の毎晩の晩酌として深く愛され続けている伝統銘柄が「白若潮」と「黒若潮」である。地元ではこの白若潮と黒若潮が圧倒的な定番として定着しており、これらの伝統を意識し、守るための銘柄が確固たる基盤として存在している。
この新しい波と、地元に根ざした伝統の車輪を回し続けることこそが、メーカーとしてのアイデンティティとなっている。

「何を残し、何に挑戦するか」という、造り手の切実な葛藤
多岐にわたる商品を抱える一方で、若潮酒造は「商品の生産終了」という、非常に大きな決断と常に向き合っている。
蔵のスペースや管理の限界がある以上、新しいものを造るためには、既存の商品の取捨選択を行わなければならない。
上村氏は、経営者としての率直な葛藤を次のように明かす。
「やめる判断が一番難しいですし、それが今の課題です。最近の新しい商品も、それ以前からある商品も含めて、やはり色々な想いが込められて造られてきました。どのお酒にも必ず待ってくれているファンの方がいますし、売上などの数字だけでは決して判断できない価値がある。ただ、それでも何か新しいものに挑戦していくのなら、どこかで選択をしていかなければ、蔵の置き場も管理も追いつかなくなってしまいます。これまでは新しいものを造ることに注力してきましたが、これからは、何を残して何に挑むかという判断にも、真っ正面から向き合っていかなければいけないと考えています。」
どれほど歴史が深く、熱狂的なファンがいるお酒であっても、未来へ進むためには時に苦渋の決断を迫られる。そこには、造り手たちの歩んできた歴史や熱い想いが幾重にも絡み合っているため、一筋縄ではいかない難しさがある。
今後は、蔵としてどういう未来を歩んでいきたいかという中長期的なビジョンをしっかりと見据えた上で、一つひとつの銘柄と誠実に向き合い、選択と集中を進めていく方針だ。

自由な飲み方の発信と、ワクワクする熱量の維持
若潮酒造は、焼酎の飲み方に厳格な正解やルールを設けておらず、カクテルや自由な割り方を造り手側から積極的に発信している。
高吉氏は「合う、合わないをちゃんと試したり考えたりした上で、美味しいものは余計なフィルターはかかんない方がいい。」と語る。
上村氏もまた、飲み方の多様性がもたらす可能性について、次のように言葉を続ける。
「どういう楽しみ方が正解か、というのはないと思っています。楽しむ場所やその時のシーンによって変わるもので、そこに飲み方も含めて合わせられるのが焼酎の良さです。『これじゃないと正解じゃない』『こういう風に飲んでもらわないとダメ』『この味が感じられないとダメ』という風にはしたくない。そういう縛りをなくしていくことで、より飲み手も広がっていくんじゃないのかなと考えています。」
設備投資や従業員の労働環境をさらに良くしていきたいという展望はあるものの、ただ単に規模を大きくすればいいわけではない。
組織が過剰に大きくなることで、現場の熱量や製造者の情熱が薄まってしまうことを、上村氏は最も危惧している。
形だけの拡大ではなく、造り手自身が常に「ワクワクするような面白さ」を感じながら美味しい1本を追求し、飲み手の顔を想像してより良いものを届けていくこと。
伝統の重みを背負いながら、どこまでも自由で、どこまでも情熱的に焼酎の未来を切り拓いていくこと。それこそが、若潮酒造の目指す未来の姿である。
【編集部ノート】
強く胸を打たれたのは、若潮酒造が新しい波を起こす過程で直面した、リアルな市場との摩擦のディテールである。
2018年当時、あえて製法を完全非公開にして出したGLOW EP05が、問屋や酒販店から「説明できないものは売れない」と激怒されたという広報・営業担当の服部氏のエピソードは、伝統的な業界で新機軸を打ち出すことのシビアな現実を物語っている。しかし、そこで引き下がるのではなく、翌年にはサンプルボトルを同封して丁寧にコミュニケーションを重ね、最終的に「酒屋が選ぶ焼酎大賞 芋焼酎部門 大賞」を受賞したストーリーは、彼らの品質への絶対的な自信と、あきらめない熱量が生んだ必然の結果と言えるだろう。
また、上村氏が語った「やめる判断が一番難しい」という言葉には、数字だけでは決して割り切ることのできない、商品一つひとつとそれを待つファンへの深いリスペクトが滲んでいた。新しい挑戦を支える華やかさの裏には、愛されてきた歴史ある銘柄を見つめ直し、苦渋の選択と集中を進めていくという、造り手たちの誠実な痛みが存在する。
彼らが最も警戒するのは「造り手の情熱が薄まること」だという。
カクテルや炭酸割りといった自由な飲み方をみずから発信し、伝統銘柄と革新銘柄の「両輪」を回し続ける若潮酒造。
挑戦の根底にあるのは、単なる事業の拡大を超えた、酒造りに対する純粋な「ワクワク感」である。
その熱量が維持されている限り、彼らの描く未来は、これからも国内外の飲み手を魅了し続けるに違いない。
(第4回に続く)
文|山本龍成