若潮酒造 第2回|残したいもの。五感で醸す伝統と、日本に1人しかいない職人の技

第1回では、若潮酒造が大切にするクラフトマンシップの本質について迫った。
そこでは、「クラフト」とは単なる手造りや小規模生産を指す言葉ではなく、造り手の明確な意図と責任、そして飲み手への想いによって生まれるものであることが語られた。

では、その哲学は実際の現場でどのように受け継がれているのだろうか。
若潮酒造の原点とも言える手造り蔵「千刻蔵」と、そこに受け継がれる造り手の哲学を追っていく。

手造り蔵「千刻蔵」が守る、焼酎造りの原点

若潮酒造には、昔ながらの手造りで焼酎を造る「千刻蔵」と呼ばれる手造り蔵がある。
この蔵の中に入ると、焼酎造りの一連の工程を一括して見渡すことができる、原点の風景が広がっている。

芋焼酎の造りは、まず丸いドラムという機械で米を蒸すことから始まる。蒸し上がった米を取り出した後、蔵の中にある麹室という部屋へ移し、そこで麹菌をつけて麹を造る。

この麹造りの最中は、米の温度が自然と上がっていく。温度が上がりすぎないように管理するためには、夜中も起きて会社に出てきて手で混ぜるか、もしくは会社に泊まり込んで夜中に混ぜる作業を行わなければならない。造り手にとって非常に大変な作業であり、この工程に2日間を費やして麹を完成させる。

完成した麹は、半分地下に埋まった甕(かめ)が並ぶ1次仕込み場へと移される。この甕に水を入れ、先ほどの麹を移して寝かす期間が1次仕込みである。寝かせる期間は6日間だ。

焼酎造りに詳しい人間が「今年の酒母はすごく香りがいいね」「出来がいいね」と評価するとき、それはまさにこの1次仕込みの状態を指している。この段階では、まだ米と水だけであり、芋は一切入っていない。しかし、この麹造りと1次仕込みの出来栄えこそが、最終的な焼酎の良し悪しを決定づけると言っても過言ではないほど、最も大切な作業となる。この手造り蔵では、蔵付きの菌が活きる黒麹だけを使用しているのも特徴である。

手造り蔵「千刻蔵」(画像提供:若潮酒造)

日本にただ1人、職人が生み出す杉と竹の芸術

1次仕込みで6日間寝かせた後、芋を蒸す工程へと進む。手作業で芋を受け入れ、細長い芋の両端にある茎(車と呼ばれる部分)をカットして機械へと流し、芋を蒸し上げる。蒸し上がった芋は粉砕され、手前のタンクへ移して1次仕込みのもろみと混ぜ合わせた後、甕へと移してさらに7日間寝かせる。これが2次仕込みである。

この7日間の2次仕込みを終えたもろみを、いよいよ蒸留する工程に入る。

一般的に、現代の焼酎造りではステンレス製の蒸留器が広く使われている。しかし、若潮酒造の手造り蔵において特別な存在感を放っているのが、「木樽蒸留器」である。
この木樽蒸留器を実際に作ることができる職人は、現在、日本にたった1人しか存在しない。

その職人は、大隅半島の曽於弥五郎インターのそばに住む、津留安郎氏である。これまで、東京や関西方面の著名な建築士たちが「私なら技術を続けていける」と手を挙げ、紹介を求めてきた歴史があるが、結果として誰もその技術を再現することはできなかったという。

焼酎の蒸留プロセスでは非常に強い圧力がかかるため、液体やアルコールが漏れることは絶対に許されない。もし万が一漏れが生じれば、国税局へ申請し、届け出をしなければならない非常に厳しい世界である。原材料である水、米、芋の数量や重量は帳簿で厳密に管理されており、税務署の調査も常に入るため、製成数量に過不足が生じないよう、厳密な管理が求められる。

そのような環境下で使用される津留氏の木樽蒸留器は、1基を製作するのに2~3か月もの時間を要する。

素材には杉の木が使われており、32〜33枚の板を組み合わせて加工していく。それを締め付ける「箍(たが)」は、2週間ほどかけて山へ適した竹を探しに行き、それを切り出し、裂いて編み込んでいく。竹には節が入っているため、裂く際に節に当たると竹が曲がってしまい、ミリ単位で真っ直ぐに裂くことは非常に難しい作業である。この箍(たが)を、釘も接着剤も一切使わずに編み込み、蒸留時の圧力に耐える木樽へと仕上げるのである。

木樽蒸留器で造られる「千亀女」(画像提供:若潮酒造)

高級車が買えるほどのコストと、まろやかさへの追求

この木樽蒸留器の寿命は、長くても5~6年である。若潮酒造では万が一のトラブルを防ぐため、6年で必ず新品へと交換することにしている。その費用は、まさに高級車が買えるほどの金額となる。

さらに、この蒸留器につながる配管にも独自のこだわりがある。鹿児島の会社に特注した「錫(すず)」の配管が使われているのだ。錫を使用することで、焼酎の味わいは格段に丸みを帯びてまろやかになっていく。しかし、錫の配管は使用を続けるうちにペッシャンコに潰れて変形していくため、木樽を交換する6年のタイミングで、この配管も一緒に新品へと交換しなければならない。

配管だけでも高級車が買えるほどのコストがかかり、木樽と合わせると莫大な金額となる。コストパフォーマンスという観点だけで見れば決して見合うものではないが、それでも若潮酒造はこの設備を維持し続けている。

木樽蒸留器を使った製造の難しさと、その伝統を守る意義について、杜氏の高吉氏は次のように語る。

「木樽蒸留器での蒸留は、ほぼ手作業で行うことになります。造る側もきちんと五感を活かし、音を聞き、触って温度を確かめなければいけません。温度計などの計器は付いていないため、昔ながらの蒸留器として、自分たちが先人になったつもりで当時の使い方を再現しています。蒸留器の形が違えばやり方も変えなければいけませんし、何よりメンテナンスが大変です。あの木樽蒸留器の造り手がいなくなってしまったら、千亀女を造ることもできなくなってしまいます。」

温度計などの計器に頼らず、五感を研ぎ澄ませて木樽の音を聴き、触れて温度を確かめる。先人たちの造りをそのまま再現するストイックな姿勢こそが、千亀女の蜜を思わせるような独特のコクと、驚くほどまろやかな味わいを生み出す根源となっている。

木樽蒸留器と冷却器

技術を超えて受け継がれる「造り手の哲学」

若潮酒造が次の世代へと受け継いでいきたいと考えているのは、単なる製造の技術そのものだけではない。取締役の上村氏が強調するのは、その道具や技術の裏側にある人間らしさと哲学の継承である。

「私たちが次世代に継承していきたいのは、技術そのものというよりも、飲み手の顔を想像し、より良いものを作ろうとする『造り手の哲学』や『人間らしさ』です。」

木樽蒸留器に触れると、新品のものは赤ちゃんの肌のような質感を持っているが、使用を続けるうちにガサガサとした独特の風合いへと変化していく。

このように、手作業による大変な手間をかけ、道具と対話し、五感を研ぎ澄ませて造る伝統の土台があるからこそ、そこから新しい焼酎への応用や革新的な挑戦が可能になる。飲み手を思い浮かべながら、五感を使って最高の1本を追求する造り手の哲学こそが、若潮酒造が何よりも大切に残したい財産なのである。

手作業で貼られる「千亀女」のラベル(画像提供:若潮酒造)

【編集部ノート】

第2回の記事で浮き彫りになったのは、伝統を守ることのリアルな重みである。

日本にたった1人しか作れない職人に依頼し、釘も接着剤も使わずに杉と竹だけで組み上げられる木樽蒸留器。
外枠を締め付ける竹の箍(たが)をつくるだけでも、ミリ単位の精度が要求される。さらに千刻蔵の環境そのものがこの造りを支えている。
そして特注の錫の配管。それらを5〜6年周期で高級車が買えるほどの莫大なコストをかけて新品に交換し続けるという決断は、現代の経済合理性や効率主義の視点から見れば、完全に逆行していると言わざるを得ない。

しかし、若潮酒造はその非効率さをあえて受け入れ、維持し続けている。なぜなら、その伝統の手間暇の中にしか宿らない、唯一無二のまろやかさとコクがあることを知っているからだ。
高吉氏が語った、温度計などの計器を一切使わず、木樽の音を聴き、触れて温度を確かめるという五感の造りは、マニュアル化できない職人の領域である。こうした泥臭くも尊い先人たちの技と対峙し続けることで、造り手たちの感性は研ぎ澄まされていく。

「技術そのものよりも、飲み手の顔を想像する哲学を継承したい」という言葉が胸に刺さる。木樽という伝統の土台があるからこそ、若潮酒造の職人たちの精神が磨かれ、それが新しい挑戦への揺るぎない背骨となる。効率化の波に洗われる現代のもの造りにおいて、彼らが残そうとする人間らしさの価値は、計り知れないほど深い。

(第3回に続く)

文|山本龍成

この記事を書いた人

bacchante編集部