ここ数週間、アガベスピリッツだカルヴァドスだグラッパだと、名前は知っているけれど実はよく知らない酒について調べてまいりましたが、4週目になりまして、もう知らない酒ってなくない?という横柄な態度をとっています。普通に嘘です、勘弁してください。ところでそもそも蒸留酒ってなんなんでしょうか?
酒というのは、ものすごく雑に言えば、糖を酵母が食べることでアルコールができるもので、葡萄にはもともと糖がありますからそのまま発酵させればワインになり、米や麦にはデンプンがありますから麹だ麦芽だの力を借りて糖にしてから発酵させるわけですが、まあ細かい話は置いておくとして、とにかく人類はずいぶん昔から、そこらへんにある甘いものや穀物をどうにかこうにか酒にして飲んできたわけです。
そこまではなんとなくわかるのですが、ではなぜ、せっかくできあがった酒を、ある日また火にかけようと思ったのでしょうか。
葡萄を潰して置いておいたらワインができました、飲んだらうまいし酔っ払いました、めでたしめでたしでいいじゃないですかというところを、人間はそれをまた鍋みたいなものに入れて熱し、そこから出てきた蒸気をわざわざ捕まえて、冷やして、もう一度液体に戻すなんてことを始めるわけです。
これが蒸留で、水よりアルコールの方が揮発しやすい性質を利用して、酒を熱したときに出てくるアルコールを多く含んだ蒸気を集め、それを冷やして液体に戻すことで、元の酒よりアルコールの濃い液体ができあがります。ワインからブランデーができたり、ビールをつくる途中のような麦の発酵液からウイスキーができたり、米や芋や麦などを発酵させたもろみから焼酎ができたりするのは、ものすごく大雑把に言ってしまえばそういうことであります。
では人類は、発酵しただけの酒では酔いが足りなくなって、もっと強い酒をつくってやろうじゃないかと蒸留を始めたのかというと、どうも話はそんなに単純ではないらしい。
そもそも蒸留という技術は酒を強くするために生まれたものでは全然なくって、植物から香りのするものを取り出したり、薬をつくったり、錬金術師たちがあれやこれやを熱して物質の中から何か大事そうなものを取り出そうとしたり、いろんな目的で長い時間をかけて発達してきた技術で、その歴史を辿っていくと古代だイスラム世界だ錬金術だと、酒の話をしていたはずなのに急に世界史の授業みたいなところの話したいですか?いやです。
そんな蒸留の技術を使って、あるとき人間はワインなんかもやってみるようになり、すると水みたいに透明なのにアルコールがぎゅっと濃くなっている、不思議な液体ができあがりました。
現代のわれわれはバーで透明な40度の酒を見ても、ああ強い酒ですねくらいにしか思いませんが、酒といえばワインやビールのような発酵酒しか知らない世界で、それらを何やら怪しげな器械に入れてグツグツやったら、向こう側から透明で、飲めて、しかも燃える液体が出てきたと考えれば、そりゃなんかすごいものを発見したと思ったでしょう。
中世ヨーロッパではこうした蒸留酒が薬や錬金術の世界でも重宝され、やがて「aqua vitae」、直訳すれば「生命の水」なんて名前で呼ばれるようになりますが、ずいぶん大きく出たもので、いま居酒屋で焼酎を飲みながら「生命の水をもう一杯ください」なんて言ったら、ちょっと今日は帰った方がいい人に見えることでしょう。
ところがこの「生命の水」という名前がおもしろくて、フランス語のオー・ド・ヴィーもそのまま生命の水ですし、ウイスキーという言葉も辿っていくとゲール語の「生命の水」に行き着くそうで、別々の酒について調べているつもりが、何百年も前の人たちが強い酒をありがたそうに「生命の水」と呼んでいたところで、突然つながってるー?!
薬だの錬金術だの生命の水だのと言われていたものが、長い時間をかけてわれわれがいま普通に飲んでいる蒸留酒になり、先々週調べたアガベスピリッツも、先週まで調べていたカルヴァドスもグラッパも、焼酎もウイスキーも、考えてみればみんなこの「発酵させたものを、さらに蒸留する」という妙な一手間の先にあるわけです。
このひと月、よく知らない酒についてちょっとくらい知ってみたら飲むのが楽しくなったりしやせんか、なんてことをやってきましたが、結局のところ知ったことよりも「じゃあこれはなんなんだ」「そもそもなんでこんなことをしたんだ」と新しく気になることの方が増えてしまった気もしておりまして、まあインターネッツがあればなんでも調べられるご時世ですから、知らないことが増えるというのも、それはそれでなかなか楽しいことであります。
さて今週のヨヨイノヨイは。
もう今週は無理!
限界の先へいきたいときは、チェーン店で飲み放題しかありません。
それではまた来週!
