今日はなにから飲もうかな。
毎日、あるいは週に3日、それとも1ヶ月に1回なんて人もいるでしょうか。これから始まるめくるめく飲食体験にダイブする、貴重な一口目を決める。そのもう一歩手前のこと。
ついつい疲れているときに言ってしまう呪いの言葉が「とりあえずビールで」です。
はや20年ほど前でしょうか。
学校の授業で、次の回答者を前の回答者が選ぶ、というルールを採用していた先生がいました。
そのときになんとなく選ぶと「じゃあ伊藤くんで」と言ってしまうわけですが、ここで先生が怒る。「ぜひ伊藤くんに」だろうと。
うっかり自分からでた「とりあえずビールで」を耳にすると、あの先生の顔が浮かんだりするものです。
ビールから始まる日は多いわけですが、いつだって「今日はぜひビールからいくぜ!」そう言って飲み始めたいもの。
今日はスパークリングからやっちゃおうかな、いや今日はいきなり熱燗だ〜!と。
お金を払ってお酒を飲みにきているわけですから、「とりあえず」なんてことではなくて、いやもう今日は今はこの瞬間まさにこれから始めるしかない、といつだって思った方が、自分にとっていいんじゃないかなと感じます。
最近は一周まわっていなくなってきたような気もしますが、しばらく前に糖質制限ダイエットなるものが流行っていた頃でしょうか。
「とりあえずハイボールで」これもよく聞く言葉でした。
ビールは飲みたいけど、糖質は気になるから、ハイボールにしておけばいいってインターネットに書いてあったから、とりあえずハイボールにしとこ。
いやまあお気持ちはわかります。2人で飲みにきているくらいならまだしも、4人、8人と大人数で飲みにでたあのとき、まだメニューのメの字も視界に入っていないのに、スタッフさんはすでに注文をとりにきている!
と、とりあえずハイボールで!
「ビール」と「ハイボール」の便利なところと不便なところは表裏一体です。
だいたいどこにでもあってほぼ間違いなくその言葉ひとつで頼めちゃうのだけれど、実はその言葉の意味するところは店ごとに違っている、あるいは店の中にも種類があるわけで、その言葉で注文できちゃうからこそ、自分で選ぶという感覚を失ってしまう。
けっこう好きで、年に数度ほど訪ねる。でも特段お店の方と話すわけでもなければ、こちらが顔を覚えられているわけでもない、とある繁華街の老舗のお店さんにて。
もう焼き物がぜんぜんないから断って〜!という厨房からの声は虚しくフロアに落ちて、入口のスタッフさんがお席へご案内してしまう。異国からのお客様はメニューも読めず苦労している。
魔法の言葉「とりあえずビールだって〜!」
「あいよ〜小生だして、大生つけとけー! なんつって冗談!」
おーいおいおい、まじかよ。
この日3軒目だった僕はついさっき、一杯目どうしよっかな、とまだ考えているうちに注文をとりにこられてしまって、たまたま目に入った生グレープフルーツサワーなんぞを頼んでしまって、あー違ったわよ〜と後悔している真っ最中。
1年に1回頼むかどうかなんだけど、なんかフレッシュな柑橘が欲しいかもと頭の片隅にあった僕の口から咄嗟に出ちゃったそれ。
そうはいえど、いちおう僕は選べていて、彼らは選べなかった。
選んだからって、正解が来るとは限らないし、選ばなかったからといって不幸になるわけではない。それはもちろん、そう。
なんなら僕は、これ絶対苦手だろうな〜〜〜!という飲み物を頼むのが、大好きです。かなり。
これは飲食店だけでなく、コンビニや自販機でも。ちょ、おおん、こんの味は、となるあの瞬間は好きです。
自分が拡張されていくような感覚。
引き出しは、たくさんあればあるほどいい。それはあなたが何かを選ぶときに、その選択肢としても機能するし、あるいは初めて見かけたものであってもそれを選ぶか否かを決めるための指標としても存在してくれます。
最も直近、席に座るなり「とりあえずビールのもかな・・」と呟いてしまった友人のバーにて。
えー?ビール?あるもの言うね、から始まる店主の口から寿限無じゅげむと紡がれる産地やつくり手、スタイルの単語の羅列。
そこから僕はその日、選ぶ、ということができ、二杯目からはどんどん選んでいけたのです。
飲食は冒険です。ときには一人で、ときには仲間と、あるいはカウンターを挟んだ道先案内人と。
でも僕が未だに、ここなら言ってもいいかと思っている場所もあるんですよ実は。それが空港の搭乗ゲートの前の売店です。
そこは言うなれば選択肢のないことを選択している場なのです。
「生ビールください!」
