「おかわりください」のお品書き-愛おしい未練について

はじめまして、「おかわりください」と申します。

嘘みたいな本当の話ですが、この度、定期的に文章を書く機会をいただいてしまいました。くらくらしています。もちろん素面です。編集の方に「好きなように書いてください」と言っていただいたのですが、そんなことがあっていいのでしょうか。
不安と、どきどきと、わくわくと。いろんな感情が入り混じる春です。どうか、気楽に読んでいただけたらうれしいです。

僭越ながら、少しだけ自己紹介を。

東京で働く、ごく普通の会社員です。肩書きらしいものは特にありません。ただ、よく食べます。
大学までは、地元の愛知で暮らしていました。知多半島という、愛知の前足みたいな形をしているあたりで、暮らしやすい田舎です。天気が下り坂のときは、もわっと牛の臭いが立ち込めます。「出身は?」と聞かれても「名古屋」とは答えない、よくわからないこだわりがあります。

就職を機に上京し、今は東京の東側に住んでいます。気づけば、行動エリアも少しずつ偏ってきて、東側の下町や、飯田橋、神保町、神楽坂あたりによくいます。森下や門前仲町、清澄白河も、ふらっと歩くことの多い場所です。昔からあるもの、新しいものが共存している、歩き疲れない街が好きです。

仕事帰りや週末、どこかでごはんを食べる時間が好きです。一人でも、友人とも。
趣味を「外食」と言っていいのだと気づいたのは、最近のことです。それまでは、趣味を聞かれるたびに少し困っていました。
映画も観るし、本も読むけれど、どれも「好き」と言い切るには少し足りない気がして。
でも気づけば、こんなに長く続いているのは、日常の一部とはいえ、これだけで。もう、立派な趣味でいい気がしています。
たぶん。

おかわりくださいの由来

もともと記録を始めたのは、大学生のころ。就職活動が終わって、急に時間を持て余していた時期でした。
そんなとき、食いしん坊たちがごはんを記録するInstagramのアカウントを始めていました。
楽しそうだなと思って、私も真似して始めてみたのがきっかけです。

彼女たちのアカウント名は、「いただきます」と「ごちそうさま」。それなら私はどんな名前にしよう。残る言葉は、「おかわりください」。これしかないのでは、と思ったのです。我ながら、ずいぶん食いしん坊な名前だなと思います。なんとなく決めた名前だったけれど、今となっては自分らしい気がして、不思議としっくりきています。

「おかわり」したくなるような時間を残したい、という気持ちは、最初からどこかにあったのかもしれません。ただ食べるだけではなくて。そのときの空気や、一緒にいた人、その日の気分ごと、なんとなく残しておきたくて。気づけば、ずっと記録を続けてきました。

日記でありラブレター

Instagramでの投稿は、お店の紹介というよりも、「今日こんなものを食べた」「おいしかった」「楽しかった」という、自分のための日記のようなものです。好きなお店に対しての、少しだけ一方的なラブレターでもあります。好きバレはなんとなく気恥ずかしくて、お店をタグ付けすることはほとんどありません。文章を読まれるのも少し照れくさいので、わざと改行をせず、ぎゅっと詰めて書いています。改行の白いスペースから、好きな気持ちが漏れ出てしまいそうで、なんだか怖くて。ここだけの話です。
それでも少し楽しくて、ほんの少しだけ、誰かの役に立てたらいいなと思いながら、ここまで続いています。

ごちそうさまでしたで結ぶ、愛おしい未練たち

私の投稿は「ごちそうさまでした。」で終わります。

外食は、ただお腹を満たすのではなく、「また行きたい」「また食べたい」「もう一杯」と思う、愛おしい未練の積み重ねだと思っています。この連載では、投稿で書ききれていない、その時間のことをもう少し丁寧に残していけたらなと思います。

好きな人たちと過ごす時間、長期連休の前の高揚。この幸せな時間が終わってほしくない。なんなら、終わるのが怖くて、いっそ始まらなければいいのにとさえ思ってしまう。そんな、何度でも「おかわり」したくなる時間を。

お店に向かう道のり、その日の気分、食べている時の空気、そしてまた来たいと思う余韻まで。「ごちそうさま」に辿り着くまでの時間を少しずつ。

読み終わったあとに、少しだけお腹が空いて、なんとなくどこかへ行きたくなるような、そんなものになれたらうれしいです。

どうぞお手柔らかに。

この記事を書いた人

おかわりください