「これ、よかったら来ませんか」
「太子堂 かご」の店主・市堀さんから、そんな連絡が入った。
聞けば、鹿児島・いちき串木野から白石酒造の蔵元・白石さんが東京へやってきて、みんなで焼酎を囲む会を開くという。
参加者は20人ほど。蔵元を招く会としては比較的小さな規模だ。
通常の会のように白石さんが店頭に立って大勢に向けて焼酎を説明するのではなく、参加者と同じ卓を囲み、膝を突き合わせながら一緒に飲む会だという。
そんな魅力的な誘いを、断る理由なんてどこにもなかった。
蔵の仕込み水で、天狗櫻を割る
暖簾をくぐり、階段を上がって2階のお座敷へ。
「一体どんな人たちが集まるのだろう」
少しばかり身構えていたけれど、そんな緊張は宴が始まるとすぐに消えてしまった。
白石さんは参加者の輪の中に座り、みんなと同じ卓を囲んでいる。蔵元と飲み手という境界をつくらず、目の前の人と会話を交わしながら、一升瓶を手に取ってグラスへ焼酎を注いでくれる。
手渡されたのは、天狗櫻の水割り。ただし、使われている水が普通ではない。
白石さんが焼酎と一緒に鹿児島から運んできた、白石酒造の「仕込み水」だった。
焼酎を持ってくるのは分かる。
でも、仕込み水まで持ってくるのか。
一口含んで、その理由が少し分かった気がした。
驚くほどやわらかい。酒と水の境界がどこにあるのか分からないほど自然に馴染み、身体へ入ってくる。
水割りというより、最初からこの状態で生まれてきたお酒のようだった。
一杯目から、すっかり心を掴まれてしまった。

芋が変われば、焼酎の顔も変わる
ここから、白石酒造の焼酎を次々と飲み比べていく。
紅芋、紫芋、オレンジ芋、白芋。
複数の芋を使ったものもあれば、時間を重ねた古酒もある。
同じ蔵から生まれた焼酎なのに、グラスを替えるたびに香りも味わいもまるで違う。
最初に注がれた紅芋の焼酎に鼻を近づけていると、座敷の端から声が上がった。
「これ、なんだかブドウみたいな香りがしますね」
言われて、もう一度グラスに鼻を近づける。
あ、本当だ。
熟したブドウを思わせるような甘酸っぱい香りが立ち、そのあとに心地よい酸の印象が残る。
「ロックにすると、その香りがキュッと締まって、また美味しいですよ」
隣からそんな声も飛んでくる。
言われるままに試してみると、確かにまた違う。
一人で静かに飲んでいたら、見落としていたかもしれない。
誰かが感じたことを口にする。
それを聞いて、もう一度自分のグラスを確かめる。
すると、さっきまで見えていなかった酒の表情が現れる。
「これはどうだ」
「こっちは?」
「じゃあロックにしてみよう」
グラスを持ち替えながら、みんなでひとつの酒を探っていく。
一方的に知識を教わる場ではなくみんなで焼酎と料理を楽しみ、一緒に飲み、それぞれの感想に耳を傾けている。
飲み比べることそのものより、この時間が楽しくて仕方がなかった。
「この子の人生が見える瞬間がある」
白石さんは、僕たちがグラスを傾ける横で、それぞれの芋や仕込みについて話してくれる。
でも、その語り方が少し変わっていた。
「この子は、本当はもう少し寝かせると美味しいんだけど、今は香りとか元気さがあるでしょう。この子はね……」
焼酎を「この子」と呼ぶ。
しかも、本当に自分の子どものことを話しているような、やさしい顔をする。
その表情があまりにも印象的で、聞いてみた。
「お酒を造っている段階で、どんな味になっていくかって分かるんですか?」
白石さんは少し目を細めて微笑みながら、こう答えた。
「お酒を造っている過程で、一瞬だけ、その子の人生が見える瞬間があるんです。ああ、こういう感じに育っていくのね、と。でも、その一瞬だけが見えて、あとはまた真っ暗。そこから、今目の前の子と向き合う時間が始まるんです」
妙に、その言葉が残った。
酒造りとは、完成形を決めて、そこへ一直線に近づけていく仕事なのだと思っていた。
けれど、白石さんの話を聞いていると、少し違うらしい。
一瞬だけ未来が見える。
でも、すぐに分からなくなる。
だから、目の前にいる「この子」を見ながら、そのときできることをしていく。
「焼酎の1年は、人でいう5年くらいかな。今、この子は何歳くらいだろうね」
そう話す白石さんの顔を眺めながらグラスを傾ける。
さっきまで「紅芋の焼酎」「古酒」と呼んでいたものが、急にひとつひとつ違う時間を生きてきたものに見えてくる。
酒造りの話を聞いていたはずなのに、気づけば、畑の土や芋、その先にある時間まで想像していた。

鹿児島と東京、同級生の二人
そして、この夜をもう一段階魅力的に面白くしていたのが、「太子堂 かご」の料理だった。
市堀さんと白石さんは、同級生だという。
鹿児島・いちき串木野で、土と向き合いながら焼酎を造る白石さん。
東京・三軒茶屋は太子堂で、その焼酎を客に注ぐ市堀さん。
卓上には、枕崎のカツオ腹皮揚げ、串木野のキビナゴづけ、群馬の高山きゅうり味噌、ラタトゥイユ、ポテトサラダが並ぶ。
カツオの腹皮をかじり、天狗櫻を流し込む。
キビナゴをつまんで、今度は別の芋で仕込まれた子へ手を伸ばす。
さらに登場したのは、奈良県産の地鶏「大和肉鶏」を使った炭焼きと15年前の創業以来、店の看板であり続ける「つくねピーマン」。
香ばしく焼かれたつくねを、みずみずしいピーマンと一緒に頬張る。
つくねに使う表現として正しいのかは分からないが、その身はピーマンに引けを取らないほど瑞々しく、噛めば旨味が爆発する。ピーマンの青々とした爽やかな香りが口いっぱいに広がったところへ、焼酎を流し込む。
大和肉鶏の力強い旨み、炭火をまとった香ばしさ、後を追ってくるごぼうらしい香りにも、芋焼酎のふくよかな味わいがよく馴染む。料理が焼酎を誘い、焼酎がまた次のひと口を呼ぶ。
同級生の二人が、それぞれの場所で時間をかけて磨いてきたものが、ひとつの卓の上で重なっていく。
箸もグラスも、まったく止まらなかった。

次は、畑で会いたい
紅芋、紫芋、オレンジ芋、白芋、ミックス、そして古酒。
これだけ飲んだのだから、「白石さんの作る焼酎とはこういう焼酎だ」と少しくらい説明できるようになってもよさそうなものだ。
でも、むしろ分からなくなった。
芋が変われば、香りが変わる。
時間が変われば、表情が変わる。
飲み方を変えれば、また違う顔を見せる。
そして、その一本一本を白石さんは「この子」と呼ぶ。
鹿児島から運ばれてきた仕込み水。
卓上に並んだ何種類もの焼酎。
「ブドウみたい」と誰かが漏らした声。
そして、「一瞬だけ、その子の人生が見える瞬間があるんです」と話していた白石さんの表情。
ここまで聞いてしまったら、今度はお酒だけを飲んでいるわけにはいかない。
このお酒が生まれる畑を見てみたい。
白石さんが向き合っている土を見て、その土から育つ芋を自分の目で見てみたい。
よし、鹿児島へ行こう。
グラスに残った最後の一滴を飲み干して、そう決めた。
そして僕たちは、すっかり満ち足りたはずなのに、なぜかもう一杯飲みたくなって、2軒目の酒場を探しに夜の街へ歩き出した。