若潮酒造 第4回|カメハイ誕生秘話、ブレンド体験、そして未来を醸す蔵人たち

第3回では、革新的な銘柄GLOWをはじめとする新たな挑戦や、「伝統と革新」の両輪で未来を切り拓こうとする若潮酒造の姿を追った。
そこには、従来の芋焼酎のイメージを刷新しながらも、地元で愛される定番銘柄を守り続ける造り手たちの葛藤と情熱があった。

しかし、若潮酒造の魅力は製品だけでは語り尽くせない。
最終回では、若潮酒造を支える人々の想いに焦点を当てながら、この蔵が描く未来の姿を紐解いていく。

飲食店の「売りやすさ」を追求した、「カメハイ」誕生の舞台裏

若潮酒造の広報・営業担当である服部氏が、日々の営業活動の中で飲食店の現場と向き合う中から生まれたのが、「歩く一日」をソーダ割りで提供する「カメハイ」という新しい飲み方の提案である。

服部氏が飲食店の最前線を回る中で直面したのは、時代の変化に伴うシビアな現実であった。
当時、飲食店のアルコール売上では、ハイボールやレモンサワーといった「強炭酸割り」のドリンクが主力となっていた。いくら蔵が品質に自信を持っている本格焼酎であっても、お湯割りやロック、水割りという昔ながらの提案のままでは、飲食店側にとっては「メニューに載せづらい」「スタッフがお客様に勧めにくい」という大きな壁が存在していたのだ。

服部氏は、この課題を解決し、飲食店が本当に売りやすい形をつくるために、「歩く一日」をソーダで割り、ジョッキで提供する「カメハイ」というスタイルを考案した。

この取り組みは、コロナ禍が始まった初期のタイミングでスタートしている。

「元々このカメハイというのは、コロナが出始めた最初の頃に、何かできないかなと思って造ったやつなんです。 最初の頃、カメハイを提案し始めた時は、社内や業界の周りの方々からも『そんな風に焼酎を炭酸で割るなんて』という戸惑いや反対の声が結構ありました。ですが、私の視点は常に『どうすれば飲食店さんが喜んで扱ってくれるか』、そして『普段焼酎を飲まない若いお客様に、どうすれば最初のハードルを下げて飲んでもらえるか』というところにありました。メニューを新しく作ったり、ポスターを用意したりして、飲食店さんがお客様に『まずは一杯目にこれをどうぞ』と勧めやすい仕組みを、徹底して一緒に作っていったんです。」

この提案は、炭酸の爽快感がありながらも、焼酎が持つ特有のしっかりとしたコクや甘みが消えずに立体的に立ち上がるという、新しい美味しさの発見でもあった。
「歩く一日」は最初は地元の志布志や、隣の宮崎県都城市といったエリアの飲食店に限定し、酒屋を通じて「飲食店限定の商品として」卸していた。

しかし、半年が経った頃、服部氏がInstagramにアップした投稿を見た鹿児島市内や東京の飲食店から「うちも『歩く一日』が欲しい」と連絡が入る。
最初はコロナ禍で苦しむ地元を応援する限定の取り組みだったため断ろうとしたが、とある居酒屋のオーナーから「服部さん悪いけどね、苦しいのは私たちも一緒で、今苦しくて仕方ないの。」と言われ、ハッとさせられたという。

すぐに当時の社長に相談したところ、「服部さんはどうしたいの?好きなようにしていいよ」と言ってもらい、そこから一気に広く展開していく決断を下した。

服部氏が飲食店の経営に寄り添い、二人三脚でメニュー化を進めた結果、カメハイとしての飲み方は全国の飲食店へ広がり、「これならお店でもよく出るし、お客様も喜んでおかわりしてくれる」と、高く評価されるようになった。飲食店の商売の現場と飲み手の目線を最優先に考えたからこそ、カメハイは、「歩く一日」の代表的な楽しみ方として広がっていった。

樽熟成焼酎「歩く一日」(公式HPから引用)

飲み手と蔵を深くつなぐ「ブレンド体験」の実際

若潮酒造が飲み手とのダイレクトな関係構築、そしてファンを増やすために蔵の内部で実施しているのが、非常にユニークな「ブレンド体験」の取り組みである。

一般的な酒蔵において、異なる原酒を組み合わせて1つの製品に仕上げる「ブレンディング(調合)」の作業は、杜氏をはじめとするごく一部の造り手しか立ち入ることができない作業ではないだろうか。しかし、若潮酒造は「焼酎の面白さを五感で直接知ってもらいたい」という想いから、このプロセスを見学者や一般の飲み手にも体験できる形で開いた。

この体験の現場を切り拓き、日々お客様の案内を担当している服部氏は、ブレンド体験がもたらすリアルな驚きとお客さんとのやりとりについて次のように語る。

「蔵に来ていただいたお客様に、ベースとなるいくつかの異なる原酒を実際に手に取っていただき、ご自身の手で少しずつ混ぜ合わせていただきます。ほんの数ミリリットル、1%や2%の割合が変わるだけで、驚くほど香りの立ち方が変わったり、味わいのカドが取れて丸くなったりするんです。 体験されているお客様は、その劇的な変化を目の当たりにして『えっ、こんなに少ししか変えていないのに、全然違うお酒になった!』と、皆さん本当に目を丸くして驚かれます。この体験を通じて、ただボトルを買って飲むだけでは絶対に伝わらない、焼酎という生き物の奥深さや、普段から私たちがどれほど緻密な調整を行っているかという造り手の意図を、身をもって体感していただけるんです。」

服部氏は、このブレンド体験の場を通じて、お客様一人ひとりと熱心なコミュニケーションを重ねている。
体験が終わる頃には、お客様は単なる「見学者」ではなく、自分だけのオリジナルの1本を造り上げた「焼酎の当事者」へと変化している。

こうして蔵で濃厚な時間を過ごした消費者や飲食店の人々は、地元に帰った後も、飲食店や酒販店で若潮酒造の製品を見かけた際に、「この蔵に行ったんだ」「このお酒の裏側にはこんな凄い技術があるんだよ」と、まるで自分のことのように周囲の飲み手へ熱っぽく語ってくれるようになるのではないだろうか。

技術の楽しさを、飲み手との絆を紡ぐための最大のコミュニケーションツールへと昇華させる現場が、ここにはあった。

6種類の原酒をブレンドしてオリジナルの1本を造る「ブレンド体験」

現場を歩き、対話を重ねる-服部氏が紡ぐ飲食店やお客さんとの絆

広報部が新設された2年ほど前に営業から異動し、現在は広報と営業の両方を兼任して最前線に立つ服部氏の活動は、常に「泥臭い対話」の連続である。

新しく開発された「GLOW」を案内した当初、問屋や酒販店から「製法を説明できないようなわけのわからないお酒は売れない」と激怒され、ようやく再販が決まって「酒屋が選ぶ焼酎大賞 芋焼酎部門 大賞」を受賞したと思えば、今度は「在庫が足りない、回せ」と再び怒られる。そうした激しい摩擦のなかにあっても、服部氏が大切にし続けてきたのは、現場へ自ら足を運び、顔を合わせて話をすることであった。

「最初の頃は、どんなにこちらが良いと思って造ったお酒でも、流通の現場や飲食店さんにその背景や意図が伝わらなければ、全く受け入れてもらえませんでした。だからこそ、2年目の2019年には案内書をただ送るのをやめて、小さなサンプルボトルを同封して『まずは僕たちを信じて一口飲んでみてください』と、とにかく地道にお届けしたんです。 問屋さんや飲食店さんが実際に飲んで納得してくれてからは、今度は『どうしてもお客様にこれを出したいから、なんとか分けてくれ』という熱い言葉に変わっていきました。品薄になって怒られるのも、それだけお店のお客様が待ってくれているという証拠ですから、今では本当にありがたい、嬉しい叱られだと思っています。」

飲食店のメニューの相談に乗る時も、蔵を訪れた見学者に手造り蔵「千刻蔵」の木樽蒸留器の説明をする時も、服部氏の言葉には「どうすれば目の前の人が喜んでくれるか」という徹底した相手目線がある。

お湯割り文化が色濃く残る地元の鹿児島県において、「白若潮」や「黒若潮」が毎晩の晩酌の定番として圧倒的に愛されているのも、こうした蔵人と飲食店、緊張感のある流通の現場、地域住民との間の深い信頼関係が、何十年にもわたって現場で育まれてきたからに他ならない。

飲み手が余計な先入観にとらわれず、自由に楽しめる空気をつくる。
その最前線を、服部氏をはじめとするメンバーが支えている。

一日シリーズを掲げる服部氏

歩みを支える、蔵人たちの人間らしさ

第1回から触れてきたように、若潮酒造の歩みは常に多面的な挑戦の連続であった。
仕込み期には夜中もデータを見守り続け、3時間以上続けて寝たことがないという高吉杜氏らの徹底した管理体制。

そして第2回で目にした、日本にたった1人しかいない職人が釘を一切使わずに組み上げる木樽蒸留器など、千刻蔵で受け継がれる、五感を生かした技術。
それらはすべて、手法が手作業か機械かという枠組みを超え、「造り手の明確な背景や意図、責任」が介在する確かなクラフトマンシップの証明に他ならなかった。

さらに第3回で紐解いた、従来の芋焼酎に対する「臭い」「飲みにくい」という印象を変えたいという想いから生まれた革新的な「GLOW」や「一日シリーズ」。これらが新しい波を起こす一方で、蔵のスペースや管理の限界を見据え、「新しい挑戦のために、愛されてきたどの既存商品を生産終了(取捨選択)するか」という、数字だけでは割り切れない切実な葛藤に、上村氏を中心に正面から向き合っている。

こうした伝統技術の維持、革新的な製品の開発、そして時代に合わせた組織の変革といったすべての要素を統合したとき、最後に浮かび上がってくる若潮酒造の最大の強みであり、最大の魅力。

それは、常に飲食店や飲み手を意識しながらお酒を造り、販売し、誠実な関係構築を行う「蔵人(くらびと)たち」そのものである。

機械化されたモダンな現場であっても生き物であるお酒の面倒を24時間体制で見守り続ける製造チーム。
「技術そのものよりも、エンドユーザーである飲み手の顔を想像する哲学や人間らしさを次世代へ継承したい。」と語る酒造りの背骨。

そして、飲食店の繁盛のために炭酸割りである「カメハイ」を泥臭く提案し続け、飲み手と蔵を繋ぐために「ブレンド体験」の場を笑顔で開放し、市場からの厳しい叱責をもファンとの絆という「嬉しい叱られ」へと変えていく服部氏のような広報・営業の現場主義。

若潮酒造のボトルが湛えている、あの驚くほど優しくまろやかな味わいや、これまでの常識を覆す鮮烈な香りの正体。
それは、高度な設備や技術の結晶であると同時に、グラスの向こう側にいる飲食店や飲み手の喜びをどこまでも想像し続ける、彼ら蔵人たちの「人間らしさ」と「温かい情熱」そのものを液体にしたものに他ならない。

伝統の重みを誇り高く背負いながら、どこまでも自由に、どこまでも相手に寄り添って焼酎の未来を切り拓いていく。この確かな熱量を宿した蔵人たちがいる限り、若潮酒造が醸す一滴は、これからも日本国内、世界中のテーブルを新しく驚かせ、心地よい笑顔で満たし続けていくに違いない。

湯気の向こうで、今日も酒が育っている(画像提供:若潮酒造)


(完)

【編集後記】

いま深く感じているのは、「酒造りとは、つまるところ人造りである」という至極真っ当な真理だ。

彼らのアプローチは極めて知的で客観的だ。しかし、その根底にあるのは驚くほどピュアで、泥臭い「人間への愛着」である。

高吉氏の飲み手を思う職人の眼差し、服部氏の問屋との間で交わされる人間味あふれるドラマ、そして上村氏の組織を背負う誠実な苦悩と展望。
彼ら一人ひとりの顔が見えるからこそ、若潮酒造の焼酎はこれほどまでに愛され、私たちの心を打つのだろう。

効率や数字ばかりが追い求められる現代において、常に飲み手の顔を想像し、五感と情熱を傾けて関係を紡ぐ彼らの存在そのものが、この蔵の最大の財産であり、日本のもの造りが誇るべき最高の「強み」であると確信している。

素晴らしい職人たちの未来に、心からの敬意を込めて。

文|山本龍成

この記事を書いた人

bacchante編集部