東のコの字カウンターで愛を叫ぶ

大林で酒を呷りながら、これを書いている。
少し酔っているくらいが、頭の力が抜けて、本音がするすると出てくる気がする。おゆるしください。

東京は、おしゃれな店がいっぱいある。

そういう店へ行くと、なんだか品定めされているような気がして、カウンターのハイチェアでお尻のベストポジションを探す。
へんなところに力が入って、ぎこちなく背筋が伸びる。
自分だけが場違いで、浮いているようで、居場所がないと思ってしまうのだ。誠に勝手な被害妄想である。

コンクリート打ちっぱなしの内装。洗練された店員さんとお客さん。
おしゃれな空間を纏うことにより、自分まで特別な存在になったと錯覚する場所に、私はどうにも馴染めない。

まあ行くんですけどね。

そんな私が、逃げるように吸い込まれるのが、篠崎にある「大林」である。

近くの銭湯竹の湯さんで汗を流し、大林へ。
湯に浸かり、酒を飲めば、今週あった嫌なことは大体どうでもよくなる。
あと寝るだけの身体で酒を飲むこと。この上極まりない、しあわせである。

とめ、はね、はらいがしっかりしている「大林」の暖簾をくぐる時、いつも少しどきどきする。
常連さん達の視線がいっせいに私へ集まり、少しだけ縮こまる。
少し慣れてきたのは最近のことだ。

湯上がりの体を冷やすには、まずは小瓶を。熱を沈めるために一気に飲み干し、結局「やっぱりもう一本」とおかわりをする。
最初から大瓶にすればよかったという後悔を、私はいつも同じ場所で繰り返している。
でも、その二度目の注文をする瞬間の、少しの名残惜しさを含む高揚感が、私に小瓶を選ばせているのだと思う。

以前はカウンターでそろばんを弾く大女将がいた。小気味よくパチパチとそれを弾く姿は、大林のリズムそのものだった。
最近はその姿をお見かけしない。お元気だろうか。私にとって、あの優しい横顔は間違いなく酒場のミューズだった。

店内には大きなテレビがあり、居合わせた見知らぬ誰かと、季節の特番をコの字カウンターで共にする。
謎の一体感があり、不思議と一人ではない気がする。

この酒場には、不思議な温度がある。場が沸騰しているわけでもなく、かといって白けているわけでもない。
みんなそれぞれが、この酒場を自分の居場所だと信じて疑っていない、静かな熱を帯びている気がする。
酒場も人も、熱すぎず冷たすぎず、それくらいが丁度いい。

ヤリイカトマトバター。
バターのコクがトマトの酸味を引き立て、ぷりっとしたイカが神々しい。
去年の夏、生温い風に吹かれながらバスを待ったあの夜も、私はこれを食べていたんだ。

季節はうつろいながらも、ここは狂いのない適温を保っている。
勝手に救われている。本当はコの字カウンターの中へ入って、「大好きだー!いつもありがとうございますー!」と叫びたい。
もちろん叫ばない。大人なので。

店を出るといつの間にか空が暗くなっていて、長いことこの酒場にいたのだと実感する。

いつか飲助なあの子をこの酒場へ連れて行きたい。

私が上京する時、「おかわりちゃんのお母さんとお父さんの次に心配している」なんて、大袈裟な心配をしてくれた彼女に、東京でも安心して酒を飲める場所ができたと報告したい。にこにこと両手でそのジョッキを握るあなたと、どうでもいい話をたくさんして、ぐだぐだと飲みたい。

そんなことを考えながら、だらだらと、とろとろになるまでバイスサワーを呷っていたら、終バスはとっくに過ぎていた。

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