知らない街で飲む

引越しの内見で、知らない街にやってきた。

不動産サイトで、何度も何度も見てしまう物件に出会った。会社へのアクセスがいいわけでもなく、普段遊ぶエリアでもなかったけれど、ただ物件が気になるという理由だけで、この駅に初めて降りた。

これが、私にとって人生で初めての内見だった。

スーパーはどこにあるのか、コンビニは近いのか、仕事帰りに寄れそうな飲食店はあるのか、昼から飲める店はあるのか。

もちろん、部屋の広さや収納、日当たりの良さも確認する。

けれど、そこに住んだあとの生活を想像するとき、私が気にしているのは、どうやら部屋の外のことばかりだった。

内見を案内してくれた不動産屋さんには、

「おかわりさんは、東の方が合っていると思います」

と、さらっと言われる。

どういうことだろう。

内見を終えて、せっかく来たのだからと、駅の周りを歩いてみる。

スーパーはどこにあるのか、コンビニは近いのか、仕事帰りに寄れそうな飲食店はあるのか、昼から飲める店はあるのか。さっきから同じことばかり考えている。

なんなら内見前にパン屋でパンを買い、近くの公園でおやつをしていた。

ここに住んだら、どんなお店で食事をするんだろう。そんなことを考えながら歩いていると、酒場へ行き着いた。

店主の方が「初めて来てくださった?」と優しく話しかけてくださった。

実はGoogleマップで「一見客に冷たい」という口コミを見かけて、少しビビっていたのだ。私はこういう下調べをよくしてしまう。

お店に初めて来たこと、なんならこの街に初めて来たこと、さっきまで内見していたことを話す。

すると、それを聞いていた常連さんたちは、近くのスーパー情報や、おすすめの酒場、蛍を見られるお祭りがあること、始発だから電車に座れることなどを、次々と教えてくれた。

まるで、その街の観光大使だった。

そんなにおすすめされるなら行ってみよう、と思い、その中の1軒へ向かった。

「1軒目で少し食べてきたんですけど……このトリッパの煮込みって、どのくらい量ありますか?」

とお店の人に聞くと、隣のお客さんが「このくらいだよ!」と、空になったお皿を見せてくれた。

ボケなのか、親切なのか、なんなのか分かんねえ!

と内心思いつつ、そこから両隣のお客さんとも話をするようになった。

「さっきのお店で教えてもらって」と話すと、「〇〇さんかな?」と、どうやらこの街では有名らしい人の名前が出てきた。

3軒目に行こうとして、向かいの店が気になっていると話した。その後、私がトイレから戻ってくると、さっきまで隣にいた人がいない。あれ、帰ったのかなと思っていると、しばらくして外から戻ってきた。

「今、向かいの店行ってきたから、紹介するよ」

どうやら、本当に店まで見に行ってくれていたらしい。そのまま連行され、向かいの店へ。

「おれは紹介したら帰るで」

そう言っていたはずなのに、結局その人は瓶ビールを一本開けて、一緒に飲んでいた。そして一本飲んだら、本当に帰っていった。

こうして私は、知らない街で一人飲みをするつもりが、知らない人に3軒目まで連れて行ってもらった。なんなら、3軒とも一人で静かに飲んでいる時間は、ほぼ無かった。

一人で店に入ることと、一人で飲むことは、どうやら別のことらしい。

お店の人も、お客さんも、みんな気さくに話しかけてくれた。私も人と話すのは嫌いじゃない。むしろ好きな方だと思う。だから、その夜はとても楽しかった。知らない人と話して、笑って、酒を飲んだ。

「おかわりさんは、明るくてよく喋るね〜」と初対面の人に言われて、急に自分の喋りすぎが恥ずかしくなった。

ただ、ひとりで飲んでいるときくらいは、誰にも話しかけられずにぼーっとしていたい日もある。良い人たちばかりだった。でも、私のパーソナルスペースには、ちょっとだけ密度が濃かった。

帰り道、電車の中でこの街に住んだらどうなるんだろう、と考えた。

仕事帰りに酒場へふらっと寄り、一人で飲む。そうしているうちに顔見知りも増えるだろうし、きっと誰かが話しかけてくれる。

それは、たぶん、楽しい。

でも、私は一人で飲みにきたはずなのに、色々な人と話している自分が、どうしても想像できなかった。

私は、私を放っておいてくれる街の方が好きみたいです。

この日は、内見1件、酒場を含め飲食店を7軒まわった。

そして結局、別の街に住むことにした。

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