ANTELOPE第3回|液漏れしたボトルが世界最高賞ー滋賀から挑むミードの未来

液漏れボトルの奇跡と、養蜂家へ届けた世界一の報

全量国産蜂蜜への切り替えという大きな賭けに出たANTELOPEに、思いもよらない朗報が届く。
世界最大級のミードコンペティションにおいて、出品したミードが最高の栄誉である「Grand Champion(最高賞)」を受賞したのだ。
滋賀の小さな醸造所が成し遂げた快挙。しかし、この受賞の裏側には、谷澤氏本人も驚くような「棚からぼた餅」の真実があった。

「実は、賞を狙って出品したわけではまったくなかったんです。別のお仕事の契約の関係で出品しなければならず、どうせエントリーフィーを払うなら自分たちのプロダクトも出してみようか、というノリでした。手元にあったのは、市場に出せない低糖度蜂蜜だけを使って試作した、果物も入れないシンプルな国産蜂蜜ミードのボトル1本だけでした。」

しかも、発送されたボトルは完全密閉タイプではなかったため、空輸中の激しい揺れによって輸送中に液体が少し漏れ出てしまうトラブルが発生する。
現地スタッフから「ボトムから液漏れしてますけどどうします?」と連絡を受けた谷澤氏は、「まあエントリー費も払ってるし、そのまま出しておいてください」と半ば諦め気味に審査へ回した。
審査員の手元に届いたのは、揺れて液漏れを起こしたボトル。

しかし、グラスに注がれたその液体を一口含んだ瞬間、各国の審査員たちの表情が一変する。
水分量の多い日本の低糖度蜂蜜が持つ、複雑で華やかな花の香り、発酵がもたらす奥深い旨味と酸味のバランス。それは、従来の欧米のミードの概念を覆すほど美しく、心が動く味わいだったのだ。
結果は、全出品作の頂点に立つ「Grand Champion」。
一報を聞いた谷澤氏が何よりも胸を熱くしたのは、自身の醸造技術の証明ではなく、これまで苦楽を共にしてきた日本の養蜂家たちの顔だった。

「日本の水分が多い蜂蜜は、海外の基準では評価されにくいものでした。でも、その蜂蜜で世界一を獲れた。『皆さんが気候変動と戦いながら作ってくれた蜂蜜が、世界最高だと認められましたよ』と伝えられたことが、何より嬉しかった。」

ワインの世界ではぶどう農家の名前が称えられるのに対し、ミードの世界では蜂蜜の生産者の顔が見えにくい構造があった。その壁を打ち破り、日本の養蜂家が作る蜂蜜の圧倒的な価値を世界へ証明できたこと。それこそが、谷澤氏にとっての最高の恩返しだった。
世界大会でグランプリを獲得したものの、谷澤氏が大量生産へ踏み切ったり、効率重視のビジネスへ舵を切ることはなかった。国産蜂蜜の量は限られており、浮足立って方針を変えるようなことはしない。
現在、ANTELOPEのミードを取り扱う店舗は全国で10〜20社ほど。どの店舗も、単にお酒を棚に並べるだけでなく、ミードというお酒の背景にあるストーリーや、生産者の思いまでを客へ丁寧に語ることができる熱い酒販店や飲食店ばかりだ。

大会最高位「Grand Champion PRO 2026」を受賞したミード「Aurea13」(画像提供:ANTEROPE)

滋賀という土地と、「750mlの瓶」に込めた思想

ANTELOPEが醸造所を構えるのは、滋賀県野洲市。元パン工場だった建物をリノベーションし、醸造所に隣接してミードとその場の空気を楽しめるカフェ&ボトルショップを併設している。「カモシカ(醸し家)」とかけて名付けられた醸造所だ。
共同創業者の福井氏の実家が近江八幡にあるという縁もあり、この地に根を下ろした谷澤氏は、滋賀という土地が持つ独特の魅力についてこう語る。

「滋賀は、何にもない。でも、何にもないところがいいところの証明。本当にそこがいいんです。あと、一番大きな理由は、やっぱり地元だからですね。」

滋賀には豊かな水があり、古くから発酵文化や農業が深く根付いている。都会のような目まぐるしい消費のスピードに流されず、じっくりとお酒や人と向き合える時間がある。
また、ANTELOPEのミードの多くは、ワインボトルと同じ「750ml」のサイズで販売されている。ここにも、谷澤氏の強いこだわりが込められている。

「ひとりで飲むためだけのお酒ではなく、人と人が集まり、豊かな時間を過ごしてもらうお酒にしたいからです。」

一人で黙々と消費するためのお酒ではなく、大切な人たちが集まり、テーブルを囲んでグラスを傾け、豊かな時間を分かち合うためのお酒であってほしい。

「お酒の力は、人と人を繋ぎ、縁をつくること。僕は人の感情や温度が見えるのが好きで、お酒はその魅力を引き出す役割をしてくれます。縁を繋ぐお酒の魅力を知っているからこそ、ただ飲むことではなく飲んで『楽しむこと』の魅力をもっと伝えられたらと思っています。」

効率やスペックではなく、場に生まれる会話や感情の温度。それこそが、ANTELOPEが作っているものの本質だった。

醸造所に並ぶ商品ラインナップ

今後の展開と、未定義なお酒「ミード」に思うこと

世界大会でのGrand Champion受賞を経て、ANTELOPEは次なる未来へと歩みを進めている。
2026年3月15日からは、さらなる品質向上を経た新ラインナップのリリースを予定。
今回の受賞を契機に、日本国内におけるミード文化の認知度を高めると同時に、台湾、香港、シンガポールを中心とした海外市場への展開もさらに強化していく方針だ。
一方で、谷澤氏は「ミード」というお酒が抱える課題と、その裏にある無限の可能性を見つめ続けている。

日本では昔から砂糖の輸入が盛んだったこともあり、養蜂文化そのものの歴史が浅く、セイヨウミツバチが入ってきたのも1800年代後半と遅いものだった。そのため、かつて輸入された特定スタイルのミードの印象が今も強く残っており、酒販店からも「甘いの?」「どういうシーンで飲むものなの?」と聞かれることが多いのが現状だ。
しかし、厳密な定義がないからこそ、ミードはどこまでも自由だ。

副原材料の味わいが素直に表現されやすく、発酵のコントロール次第で無限の表情を見せる。大学院で経済や科学を学んできた谷澤氏にとって、醸造は科学的なアプローチが欠かせない世界だが、同時に「科学だけでは説明できない余白」こそがお酒の魅力だと語る。

「理論性を追求すると、ロマンというかミステリアスな部分がどんどん失われてしまう。コントロールしきれない部分が、お酒の出来上がりを大きく化けさせることってあると思うんですよね。仕込みにかかる時間は短いけれど、発酵にかかる時間が長い。気持ちがヘルシーになります。」

「売れないことよりも、おもんないことやってると思われる方が嫌だ」と言い切る谷澤氏。
戦略やマーケティングではなく、「この人と一緒に仕事がしたい」「この生産者を喜ばせたい」という情熱と縁だけを頼りに突き進むその姿は、効率ばかりが求められる現代において、眩しく映る。

人類最古でありながら、現代において最も新しく、未定義なお酒・ミード。
滋賀の静かな土地で生まれた液体は、これからも人々の感情を揺さぶり、人と人、人と土地を心地よい余韻で繋ぐ「感情の発酵装置」として、新しい時代を照らし続けていく。

滋賀の地からまだ見ぬミードの未来へを見つめる、谷澤氏

【編集後記】

世界一の称号を手にしてもなお、谷澤優気という男の軸は1ミリもぶれない。

「液漏れしたボトルが最高賞を獲った」という棚からぼた餅のようなエピソードを笑い話にしながら、彼が見つめていたのは己の技術の誇示ではなく、酷暑の中で蜂と向き合う養蜂家たちの姿だった。

クラフトビールからミードへ、そして全量国産化へ。谷澤氏の歩んできた道は、常に効率やセオリーの真逆を行くものだったかもしれない。戦略やマーケティングを嫌い、値切らず、生産者と正面から向き合い、手間のかかる「さなぎ」を手巻きする。その不器用なまでの誠実さが、結果として世界を震わせる味わいを生み出した。

滋賀の静かな土地で、750mlの大きなボトルに詰められるのは、単なるアルコールではない。人と人が集まり、会話が生まれ、感情が温度を持つための「縁の種」だ。
人間がコントロールしきれない発酵のロマンとともに、彼らがこれからどんな未定義なカルチャーを醸し出していくのか。その静かで熱い挑戦から、目が離せない。

文|山本龍成
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私がANTELOPEを知ったきっかけは、ある知人との何気ない会話だった。
「最近、京都で面白いお酒に出会ったんだよね。」
そのときはミードというお酒の存在すら知らなかった。ただ、「ANTELOPE」と「ミード」という言葉だけが妙に頭の片隅に残っていたことを覚えている。
その後、知人が営む店「WACASU」で偶然ANTELOPEのミードを見つけ、初めて口にした。そのミードは日本茶を使ったミードだった。
蜂蜜由来のやさしい甘みと、茶葉の香りが自然に重なり合いそれまで飲んだことのない味わいだった。
お酒でありながら、一杯の液体そのものをじっくり味わう楽しさを教えてくれた瞬間だったように思う。
それ以来、ミードを見かけるたびに誰かに話したくなった。
ミードというお酒のこと。滋賀県の醸造所で造られていること。そして、その背景にどんな人達が造っているのか。
気が付けば、お酒そのものだけでなく、ANTELOPEという存在に惹かれていた。
新しい文化や価値観との出会いは、いつだって面白い。そういう想いを感じさせられる飲み物との出会い。

今回実際に醸造所を訪れ、谷澤氏の話を聞いたことで、その理由が少し分かった気がした。
就職活動での挫折。足の切断を宣告されるほどの大事故。そして起業直後のパンデミック。数々の困難を経験しながらも、常に前を向き続けてきた。
その根底にあったのは、「売れないより、おもんないと言われるほうが嫌だ」という価値観。
誰もやっていないことに挑戦すること。まだ知られていないものを追求すること。そこに人生を注ぎ込む姿は、かっこいい。
同時に原料を生み出す生産者への深い敬意を強く感じた。
農家や養蜂家を単なる仕入先としてではなく、ともに未来をつくる仲間として見つめている。その姿勢は、ミードづ造りの随所から感じることができた。
また、醸造所に訪れた際は、醸造所内で販売しているお菓子も一緒に楽しんでほしい。なんとも言えない充実感を運んできてくれる。

「ミードは甘いお酒」ではない。
甘口から辛口まで。アルコール度数も4%から20%近いものまで幅広い。だからこそ、その日の気分や体調、その場に集まる人に合わせて自由に選ぶことができる。
一つのテーブルを囲みながら、それぞれが好きな一杯を楽しめる。
それは、私たちbacchanteがが目指している世界ともどこか重なるように感じた。

ANTELOPEが造るミード。
ぜひ大切な人たちと同じテーブルを囲みながら、その一杯を味わってみてほしい。その先には、きっと新しいお酒との出会いだけでなく、新しい人や物語との出会いも待っているはずだ。

編集後記|なかむらかほ

(完)

WACASUで飲んだ「蜂蜜茶醸酒」

この記事を書いた人

bacchante編集部