【第3回】「焼酎飲むんだ?」と言われない未来へ|「FIESTA DE TACOCHU」の挑戦と國酒への展望

0→1(初心者のきっかけ)を作る「タコス×焼酎」の発想

「焼酎を広く普及させたい」
これが淡路氏の活動における最大の前提である。
しかし、日本国内で焼酎の魅力を広めていくにあたり、淡路氏はずっとある課題感を抱いていた。

従来の焼酎イベントは、基本的に酒屋や飲食店が主体となって開催されるものが多かった。
その形式はどうしても専門的な試飲会のような形になりやすく、集まるターゲットも「普段から焼酎を好んで飲んでいる人」に絞られてしまう。

しかし、淡路氏が本当に届けたかったのは、これまで焼酎を飲んだことがない「焼酎初心者(0→1)」の人々だった。

「焼酎のイベントです」と正面から打ち出しても、未経験者は来てくれない。
それなら、焼酎とは全く別の魅力的な食文化を引き金にして、初心者を引き寄せればいい。そうして考え出されたのが「メキシカンタコス」との組み合わせだった。

計画自体はイベント開催の1~2年前から始まっていた。
当時、近所のタコスバルに通う中でメキシカンタコスの美味しさや魅力に開眼した淡路氏は、ある違和感を覚える。
スパイシーで奥深いタコスを食べていると無性に焼酎が飲みたくなるのに、世の中のタコス店にはメスカルやテキーラ、クラフトビール、ナチュールワインばかりで、焼酎が全く置かれていなかったのだ。

「タコスに焼酎はこんなに合うのに、なぜ置かれていないんだろう。これからタコスブームが来そうだから、その波に一緒に焼酎も乗せていきたい」
この直感からスタートしたイベントが「FIESTA DE TACOCHU」である。
最初はカルチャーの発信地である下北沢で400名規模からスタートし、米・芋・麦・黒糖・泡盛といった主要な原料を網羅する形で蔵元に声をかけていった。

「最初は『タコスを食べに来たのに、飲み物が焼酎しかないじゃん。しゃあなし飲むか』からのスタートでいいんです。焼酎は本来、食事を引き立てる最高の食中酒。一度だけでも体験してもらえれば、その美味しさと相性の良さに気づいてもらえるはずですから。」

かつての淡路氏自身、銘柄も「吉四六」や「二階堂」くらいしか知らず、学生時代のアルバイトで運んだお湯割りの強い匂いや居酒屋のイメージから、焼酎を敬遠していた時期があった。
「こんなにお酒が大好きなのに、焼酎だけは飲んでみようとすらしなかった。昔の自分は本当にもったいないことをしていた」という実感があるからこそ、初心者が足を踏み入れやすい「入り口」を作ることに全てを懸けているのだ。

タコスと焼酎が出会う『FIESTA DE TACOCHU』の一皿(画像提供:淡路氏)

「ジャケ買い」の重視と、雨天リスクを背負う理由

「FIESTA DE TACOCHU」をプロデュースする上で、淡路氏が味と同じくらい徹底してこだわっているのが「ボトルの見た目(デザイン)」である。

焼酎のラベルやボトルは、どうしても渋く伝統的なデザインが多く、初心者には手に取りづらい面がある。
専門知識のない人が最初にお酒を選ぶ基準は、直感的なデザインの魅力——すなわち「ジャケ買い」ができるかどうかである。

「私自身、ビールは飲めませんが、ラベルが可愛いという理由でビール好きな友人へのプレゼントに選ぶことがあります。味の違いが分からなくても、デザインがおしゃれなら手に取りたくなるし、贈った相手の喜ぶ顔が想像できる。焼酎を知らない人にとっても、見た目の第一印象はそれほど重要なんです。」

そのため「FIESTA DE TACOCHU」では、夏の太陽の下で映えるブルーボトルや透明瓶、写真を撮りたくなるようなスタイリッシュで可愛いデザインのボトルを持ってきてもらう、服装も少しカジュアルな雰囲気で来てもらうようにと蔵元に依頼している。

また、前職でイベント業のノウハウを持つ淡路氏は、屋外イベントを主催するリスクや、すり減るほどの精神的負担も熟知している。
雨天決行とはいえ、雨が降れば客足は半分以下になり、一発で100万円単位の赤字を抱えるリスクと常に背中合わせだ。

それでも試飲会場のような室内に逃げず「屋外」にこだわり続けるのは、通りすがりの人が「何だろう?」と気楽に入ってこられる環境こそが、0を1に変える最大の接点になると確信しているからである。

赤字の不安、天候への恐怖、集客への緊張。そうした現実を引き受けながらも、淡路氏は“届いていない人に届ける”という目的から目をそらさない。
そこには、単なるイベントプロデューサーではなく、文化の入口を設計しようとする淡路氏の覚悟がある。

青空の下に並ぶ、2026年『FIESTA DE TACOCHU』の出展焼酎(画像提供:淡路氏)

フランス・パリで感じた確信と「國酒」としての課題

日本酒造組合中央会の海外事業として関わったフランス・パリの展示会「Vinexpo」での体験も、淡路氏の原動力となっている。

自身が初めて参加した年は焼酎の認知度が低く評価も厳しかった。しかし翌年には、現地の反応に明らかな変化が見られ、「焼酎ね、知っているよ!」と浸透している様子を目の当たりにした。
これまで多くの人々が積み重ねてきた努力が、少しずつ目に見える形となり、文化が広がっていく。その変化を実際に体感したからこそ、淡路氏は思わず立ち止まって考えた。

「海外への普及も大切ですが、日本人が日常的に飲んでいないものが、果たして世界で本物として定着するのでしょうか。」

「焼酎=おじさんくさい」という古いイメージを払拭し、若者や女性にも愛される「カルチャー」として定着させたい。
日本の「國酒」である焼酎を、誰もが日常的に嗜む当たり前の「日常酒」にしたいという想いは、日に日に強くなっていった。

それは、焼酎を特別な人だけのものにしないための挑戦でもある。
詳しい人だけが語れるお酒ではなく、誰もが自分の生活の中で自然に選べるお酒へ。淡路氏の視線は、常にその先に向けられている。

「焼酎飲むんだ?」という線を引かれる違和感をなくしたい

淡路氏が「FIESTA DE TACOCHU」や一連の活動を通じて、最終的に目指している未来。それは、焼酎を飲むことに対する世間の偏見や違和感を完全に無くすことである。

「普段のお酒の場で『えっ、焼酎飲むんだ! すごいね』と言われたり、どこか特別な線を引かれるような反応をされるのが、実はすごく嫌なんです。『焼酎飲むんだ?』という言葉そのものを、この世から無くしたいと思っています。」

淡路氏は、世界の酒文化と日本の現状を比較してこう語る。

「フランスに行けばどんなお店にも当然のようにワインがあり、ドイツに行けばビールがないお店はありません。それなのに、なぜ日本のお店には、私たちの国のお酒である焼酎や日本酒が当たり前に置かれていないのでしょうか。日本人はもっと、自分たちの国の素晴らしい食文化やものづくりに誇りを持っていいはずです。他国のトレンドばかりを追うのではなく、最低限どの飲食店に行っても、当たり前に國酒が選べる状態を作りたいんです。」

この言葉には、焼酎を広めたいという想いだけではなく、自分たちの文化をどう受け止め、どう次の世代へ渡していくのかという問いが込められている。
淡路氏が変えようとしているのは、単なるお酒の選択肢ではない。
「自分たちの国にある価値を、もっと自然に誇っていい」という感覚そのものなのだ。

あたりまえに「焼酎飲みに行こうぜ」と言える世界へ

淡路氏にとって「FIESTA DE TACOCHU」は、「焼酎のイベントだから構えて行く」場所ではない。「楽しそうなフェスをやっているから行こうよ」というような、軽やかで自然なノリで立ち寄れる日常の延長線上にある。

「タコスを食べよう」という気軽なきっかけから一口含んだ焼酎が、その人の新しいお酒の選択肢になっていく。
そしていつか、誰もが特別な気負いもなく、ごく自然に「今日、あたりまえに焼酎飲みに行こうぜ」と言い合える世界へ。

「もう太りたくない。でも、お酒はやめたくない」という日常の悩みと偶然の出会いから始まった淡路氏の物語は、失意の挫折を乗り越え、日本の食文化そのものをアップデートする挑戦へとつながっている。

彼女の歩みは、最初から成功の形が見えていたわけではない。
偶然出会ったものに心を動かされ、失った場所で自分の原点を見つめ直し、違和感を放置せず、自分なりの方法で社会に問いを投げかけてきた。
古い固定観念を軽やかに飛び越え、新しいカルチャーを創り出し続ける淡路氏の情熱は、これからも多くの人々の意識を心地よく変えていくはずだ。

一杯から始まる、新たな焼酎文化の創造(画像提供:淡路氏)

(完)

文|山本龍成

【編集後記】

淡路氏の話を伺い、強く印象に残ったのは、彼女の歩みが決して「最初から焼酎を広めるためにキャリアを歩んできた人」ではなかったことだ。
始まりは、もっと日常的で、人間らしいものだった。
「太ってきたから痩せるために」
そんな身近な悩みから焼酎を手に取り、仕事の中で偶然その奥深さに触れ、やがて1人の愛飲家として、そして焼酎の魅力を伝える國酒コーディネーターとして向き合うようになっていく。

もちろん、その道のりは決して順風満帆ではなかった。
未経験から憧れだった旅行業界の仕事に飛び込み、努力を積み重ねながらようやくつかみかけたキャリアも、コロナ禍という誰にも抗えない出来事によって突然断ち切られた。
自分の存在意義さえ見失うほど深く落ち込んだという話からは、今の活躍からは想像できない苦悩も垣間見えた。

淡路氏の言葉の中には、何度も「違和感」が出てきた。
なぜタコス店に焼酎がないのか。
なぜ日本の國酒が、日本の日常に当たり前に置かれていないのか。
なぜ焼酎を飲むと言うだけで、少し特別な反応をされるのか。

多くの人は、その違和感を感じてもそのまま通り過ぎてしまう。
しかし淡路氏は、それをただの不満や疑問で終わらせなかった。
イベントを企画し、人を巻き込み、蔵元と向き合い、ときには大きなリスクも背負いながら、自ら行動することで少しずつ現実を変えようとしている。
今回のインタビューを通して私自身が感じたのは、「違和感を放置しないこと」が、キャリアを形づくる大きな原動力になるのではないかということだ。
それは今すぐ分かるものや、変えられるものでもないかもしれない。

ただ、この小さな感覚の中に、自分自身の価値観や人生の軸が隠れているのかもしれない。
焼酎を日常のカルチャーへ。
その挑戦の先に、どんな新しい景色が広がっていくのか。
淡路氏のこれからの歩みを、1人の焼酎ファンとして、そして文化の担い手を応援するひとりとしてもぜひ追っていきたい。

編集後記|なかむらかほ

この記事を書いた人

bacchante編集部