宮崎県都城市にある柳田酒造を訪ねたとき、僕が最初に感じたのは、いわゆる「歴史ある蔵元」の重厚感だけではありませんでした。
もちろん、1902年創業という時間の厚みはあるし。都城で長く焼酎を造り続けてきた蔵としての佇まいもある。
でも、それ以上に印象に残ったのは、蔵のあちこちに残る“改善の跡”でした。
技術は人に優しくするためにもある。
ホームセンターで買ってきた値札が付いたままの材料を使い、柳田さん自身がカスタマイズした数々の装置…
作業中の危険を減らすための工夫や、女性でも焼酎造りに関われるように見直された動線…
昔からある蔵の中に、手づくりの知恵が、あちこちに組み込まれている。
「ここが危ないから、こうしたんです」
「この作業を少しでも楽にするために、こう変えました」
そんな説明を聞いていると、目の前の装置が、ただの道具ではなくなってきて、それはまさに、柳田さんが日々の不便や違和感を見逃さず、ひとつずつ自分の手で直してきた痕跡でした。
柳田正さんは、大学院を卒業後、エンジニアとして働いた経験を持つ蔵元です。
蒸留機を自ら改造することから、メディアでは「焼酎界のエジソン」と紹介されることもあります。
でも、実際に蔵を歩いてみると、その言葉は決して大げさなキャッチコピーではありませんでした。
“エジソンっぽさ”は、大きな発明品だけに宿るものではなくて、むしろ、現場の小さな不便を見つけて、昨日より少しだけ良くしていく手つきに宿る…
柳田酒造の蔵の中には、その手つきがありました。
技術は、人にやさしくするためにもある。
印象的だったのは、柳田さんの改善が、単に「もっと美味しい焼酎を造るため」だけに向いているわけではなかったことです。
もちろん、品質への探究心はものすごく強い。
原料、発酵、蒸留、温度、香りの出方。
話を聞いていると、技術者としての好奇心が随所に見えます。
でも同時に、その技術は“人が働きやすい現場”にも向いていました。
焼酎造りには、力のいる作業もあるし、危険を伴う作業もあります…
昔ながらの現場では、「そういうものだから」で済まされてきたことも、きっと多かったのだと思います…
でも柳田さんは、そこをそのままにせず、危険を減らし、無理な動きを減らし、動線を整え、必要なら、自分で装置を作る…
ここに、柳田酒造の面白さがあると感じました。
技術とは、冷たいものではない。
数字や機械だけの話でもない。
現場で働く人が、少しでも安全に、少しでも続けやすくなるように使われる技術があり、その積み重ねが、焼酎造りの未来を少しずつ広げていく…
なんだかそれは、グラスの中の香りをよくするためだけではなく、その一杯が生まれる場所の空気まで、少しずつよくしていく営みのようにも見えました。
蔵の中の手づくりの装置たちは、そんなことを静かに語っているようでした。
千本桜は、蔵の記憶を飲む焼酎。
熟成庫で見た、母智丘千本桜の入口
敷地内には、原料芋の熟成庫もありました。
ここで熟成される原料芋を使って造られているのが、柳田酒造にとって大切な芋焼酎、母智丘 千本桜です。
この熟成庫での柳田さんの説明が、また熱かった。
芋が甘くなっていくロジック、その途中で起こるリスク、そのリスクをどう見極め、どう解決していくのか…
ひとつひとつを、とても楽しそうに、そして真剣に話してくれました…
ただ芋を寝かせているのではなくて、甘みがどう変わるのかを見て、香りがどう立ち上がるのかをロジカルに考える…
同時に、熟成にはリスクもあり、そのリスクを理解したうえで、どう原料の魅力を引き出すかを考え続けている…
ここにも、柳田酒造らしさがありました。
自然に任せる部分と、技術で支える部分。
原料の力を信じる部分と、失敗を防ぐために観察し続ける部分。
その両方があるからこそ、母智丘 千本桜は、ただの“昔からある芋焼酎”ではなく、今の柳田酒造の技術と思想をまとった一杯になっているのだと思います。
たぶん、こういう話を聞いたあとに飲む千本桜は、ただ「おいしい」だけでは終わらない。
グラスを口に近づけたとき、そこに熟成庫の空気や、原料芋を見つめる時間まで、少しだけ重なってくる。
そういう想像の余白が、クラフト焼酎の面白さなのだと思います。
千本桜は、蔵の記憶を飲む焼酎
柳田酒造は、もともと創業当時から芋焼酎【千本桜】を造っていました。
しかし1978年、4代目の時代に芋焼酎の製造をやめ、むぎ焼酎専門蔵になります。
それは、蔵を未来に残すための経営判断でした。
つまり、芋をやめたことは、後ろ向きな撤退ではなくて、生き残るための選択だったそうです
そして2013年。
その「千本桜」が35年ぶりに復活しました!
一度手放したものに、もう一度向き合う…
昔の名前を懐かしむだけではなく、今の技術と経験を持って、原点に戻っていく。
母智丘 千本桜は、宮崎県産の甘藷と宮崎県産米の米麹を使い、黒麹によって重厚で骨太な口当たりに仕上げられている焼酎です。
でも、この一杯の魅力は、スペックだけでは語りきれません。
そこには、創業時から続く蔵の記憶があり、一度途絶えた時間があって、もう一度その名前を現代に戻した人の意志がある…
人も、街も、酒も、まっすぐに続いているようで、実は何度も曲がり角を迎えていて、そのたびに何かを選び、何かを手放し、また何かを取り戻していく…
千本桜には、そんな時間の手ざわりがあります。
だから僕は、こう感じました。
千本桜は、柳田酒造の記憶を飲む焼酎なのだと…

青鹿毛は、技術を飲む焼酎。
青鹿毛は、技術を飲む焼酎
一方で、柳田酒造の麦焼酎を語るうえで欠かせないのが、【青鹿毛】です。
青鹿毛の話を聞いたときに印象的だったのは、その出発点が“衝撃”だったことです。
柳田さんは、故郷・宮崎を離れ、東京で「兼八」という麦焼酎に出会います。
その芳ばしく、力強く、麦の存在感が立ち上がる味わいに驚いた。
「こんな美味い麦焼酎を造りたい」
その想いが、青鹿毛へとつながっていったそうです
そこから柳田さんは、蒸留機を自ら改造し、蒸気のあて方や温度のデータを取り、改良を重ねていったそうです。
さらに、濾過という工程も見直し、手作業という根気強さが必要な道を選んだそうです
青鹿毛は、偶然できた個性ではありません。
「こういう麦焼酎を造りたい」という憧れがあり、それを形にするための仮説があり、実験があり、失敗があり、改良がある…
その積み重ねの先に生まれた焼酎です。
青鹿毛は、常圧蒸留による力強く奥深いコクと風味を持つ大麦焼酎として知られています。
Kura Master 2023では、プレジデント賞も受賞しています。
でも僕は、青鹿毛を単なる「受賞した麦焼酎」としてではなく、こう紹介したい。
青鹿毛は、柳田酒造の技術を飲む焼酎です。
それも、机上の理論だけで整えられた技術ではなく、憧れを追いかけ、蒸留機をいじり、温度を見つめ、濾過を疑い、何度も試してきた技術…
感覚だけではなく、理屈だけでもない…
情熱を、技術で形にした焼酎。
それが【青鹿毛】なのだと思います。
そして、こういう背景を知ると、青鹿毛の力強さは少し違って感じられるから面白い!
ただ濃いのではなく、ただ個性的なのでもなく、「ここまで来たかったんだ」という造り手の意志が、香ばしさの奥に見えてくるような気がするのです…
成功例の裏には、語られない失敗がある。

成功例の裏には、語られない失敗がある。
蔵見学の最後の方で、柳田さんが話してくれた言葉が、とても印象に残っています。
「ツラツラと改善点や改良点を話してきましたが、成功例だけを話してるだけでして、この話には出てこない失敗エピソードもたくさんあります。でも、それを恐れずに改善していって、より良い焼酎を造っています」
この言葉を聞いたとき、柳田酒造の魅力はここにあるのだと思いました。
僕たちは、完成した焼酎だけを飲みます。
青鹿毛を飲む…
千本桜を飲む…
香りがいい、コクがある、余韻がある、うまい…
そうやって楽しむ。
でも、その一杯の裏側には、表には出てこない失敗がたくさんある。
うまくいかなかった改造、思ったように香りが出なかった仕込み、改善したつもりが、別の課題を生んだ工程…
そういう語られない試行錯誤が、きっと無数にある。
でも柳田さんは、それを恐れず、失敗を終わりにしないで、次の改善の材料にしていく。
ここが、柳田酒造の強さなのだと思います。
焼酎は、成功だけで造られるのではない。
失敗を恐れず、改善し続ける手つきによって、少しずつ深くなっていく。
この考え方は、焼酎造りだけの話ではないのかもしれません。
私たちの日々も、たぶん同じです。
うまくいったことだけで形づくられているわけではなくて、うまくいかなかったことを、どう次に生かすかで、少しずつその人らしい輪郭ができていく。
柳田酒造の焼酎には、そんな人間らしさも少しだけ混ざっている気がしました。
青鹿毛は技術を…
千本桜は記憶を飲む焼酎…
柳田酒造の面白さは、ひとつの言葉ではまとめきれません。
1902年創業の歴史があって、麦焼酎専門蔵として個性を磨いてきた時間があり、青鹿毛のように、技術と情熱の積み重ねから生まれた焼酎がある…
そして、35年ぶりに復活した母智丘 千本桜のように、蔵の原点へ戻っていく焼酎もある…
ただ古いだけではない。ただ新しいだけでもない。技術で磨き、記憶に戻る。
失敗を重ねながら、改善し続ける。
柳田酒造の一杯には、その時間の往復があるように感じます。
青鹿毛は、柳田酒造の技術を飲む焼酎。
千本桜は、柳田酒造の記憶を飲む焼酎。
そして、そのどちらにも共通しているのは、柳田さんの「もっと良くできるはずだ」という、静かだけれど熱い執念です。
クラフト焼酎の魅力は、スペックを知ることだけでは終わりません。
その一杯が、どんな失敗と改善の先に生まれたのか?
どんな記憶を背負い、どんな技術で磨かれてきたのか?
そこまで想像できたとき、グラスの中の味は、少しだけ深くなる。
柳田酒造で見たのは、完成された伝統ではありませんでした。
今もなお、手を入れられ、考えられ、直され続けている伝統でした。
そして、その改善の物語こそが、青鹿毛と千本桜を、より魅力的な一杯にしているのだと思います。

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https://www.city.kagoshima.lg.jp/kouhousenryaku/shochufes.html
【三軒酎屋の中の人note】
https://note.com/3chya