あれから、もうすぐ二年経とうとしている。
部屋の棚には、お守りのように私をじっと見守る緑の瓶がある。夏の気配がまだ残る九月の山梨、白州蒸溜所を訪れた際にお迎えした「白州12年」だ。
蒸溜所へ行く前夜。私は甲府にある喫茶店「六曜館」のカウンターで、白州のソーダ割を飲みながら、餃子をしばいていた。 喫茶店のママさんと常連さんと、自然に始まる会話。いつしか話題は、翌日に控えた白州のことへ。
その常連さん曰く、 「白州は12年が一番美味い。25年は別格だけどね」 らしい。
そして、「18年はやんちゃな味がする」 と言うのだ。
「12年より6年も大人なのに、やんちゃってどういうことですか?」
その味をまだ知らない私は、即座に質問する。
「18年はモラトリアムの真っ只中で、大人になりきれていないの」
常連さんから、そんな説明を受ける。 ウイスキーのモラトリアム……。そういえば、白州のあの鮮やかな緑色の酒瓶も、どこかピーターパンを思わせる色をしている。彼はピーターパンシンドロームにでも陥っているのだろうか。そんなことを考えながら、いまいち納得しきれていない自分を、私はグラスを傾けながら無理やり落ち着かせた。
そんな不思議なモラトリアムの謎を抱えたまま、翌日、私は友人と合流し、深い森の中へと足を踏み入れた。
そこで私は、ウイスキーの一生を知る。 蒸留されたばかりのウイスキーの赤ちゃん(ニューポット)は、琥珀色ではなく無色透明なのだという。アルコール度数70度の、ハードコアな赤子。ふーん飲んでみてえじゃねぇの、と心の中で小さく毒づく。
案内された貯蔵庫の扉が開いた瞬間、凄まじい洗礼を受ける。立ち込めていたのは、濃厚なんて言葉では足りないほどのウイスキーの香り。それはコンタクトレンズの奥を突き抜け、鮮烈な痛みとなって、私の目をじわじわと蝕んだ。
ウイスキーの赤子が、あの静まり返った暗闇の樽の中で、白州の四季の移ろいとともに、何年、何十年と眠り続ける。 樽の中で貯蔵されるウイスキーは、樽の木目を通して呼吸をし、その量を少しずつ減らしていくらしい。「人間にウイスキーづくりを教えた天使が、その見返りとして、少しずつ味見をしている」という、なんとも可愛らしい逸話があるのだと、ガイドの方が教えてくれた。引き算をしながら、大人になっていく液体。
そのツアーの終わりに、私は「白州12年」の緑の瓶と出会う。正直なところ、ウイスキーに詳しいわけでもなく、熱心に収集しているわけでもなかった。けれど、まさかここで出会えると思っていなかったのだ。なんだかその特別感にすっかり浮かれてしまい、鼻息荒く、友人二人と仲良くお守りのように抱えて東京へ連れて帰ってきた。
「大切に、ちびちび頂こう……」
あの日、そんな言葉をSNSに書き残した。 だけどちびちび頂くどころか、私はまだ、そのボトルのキャップに触れてすらいない。
友人の一人は、親御さんへプレゼントしてすぐに飲み干したのだという。もう一人は、私と同じようにまだ開けていない。自分の会社を設立したときにでも開けようかな、と話していた彼は、すでに立派な独立を果たしていた。それなのに、彼もまだ、あの緑の瓶に触れていないらしい。
いつか開けよう。何かうれしいことがあったら開けよう。そう思っているうちに、二年の歳月が流れていた。 開ける勇気がないのか、まだ来ぬ特別な日を待っているのか。
六曜館のカウンターで聞いた「ウイスキーのモラトリアム」という言葉が、ふと頭をよぎる。気づけば、この二年もなんとなく過ぎていた。
平日は、蒙古タンメンのカップ麺を週3で流し込みながら働き、一瞬で一日が終わる。料理をしよう!と意気込んで買ってきた野菜は、気づけば冷蔵庫で切なく腐っている。私はまだまだ、のほほんと暮らしていたいし、すべてを先延ばしにしたいという思いが、心のどこかにある。
この緑の瓶の封を切ってしまったら、お守りの効力まで失われてしまいそうでこわい。楽しかった森での思い出も、未来への漠然とした希望も、するりと揮発してしまいそうな気がする。そして何より、自分も本当の大人にならなければいけないような気がしてしまうのだ。
今夜も私は、家で炭酸の少し抜けた、いつものハイボールを作り、棚の上の緑の瓶を眺める。
いつか訪れるかもしれない、祝杯をあげる日まで。このお守りを開けないままでいる贅沢を、私はもう少しだけ、楽しんでいたい。
