株式会社博水社の三代目社長の田中秀子氏はそう語る。
新商品のアイデアを考えるとき、会議室でデータを見つめたり、レシピ本をめくったりするだけでは生まれないものがある。田中氏は今でも頻繁に酒場へ足を運ぶ。ベロベロになるまで飲む必要はない。店のカウンターの一番端っこに腰を下ろし、店主や大将と「最近どうですか?」と世間話をかわす。
「居酒屋さんと、そこに品物を届けている酒屋さんとの話の中にこそ、すべてのヒントがあるんです。居酒屋さんの現場にこそヒントがあるんですよね。」
だが、田中氏が酒場に行くのは、アイデアを探すためだけではない。自分たちが造ったハイサワーや割り材を誰かが飲んでいるのを見かけると、嬉しくてたまらなくなる。酒場でハイサワーを頼んでいる若い人を見つけると、すっと近づいていって「飲んでくれてありがとう」と美尻シールを手渡すのも、商品が飲まれている現場へ直接足を運ぶ姿のひとつだ。
町中華の大将が独自にレモンを入れていた
その酒場から生まれた商品のひとつに、『抹っ茶れ(まっちゃれ)』がある。
もともと博水社には、カルピスの濃縮液のように水や炭酸、お酒で薄めて使う業務用の抹茶商品が存在していた。全国の飲食店へ届ける中で、田中氏はあるデータに気づく。なぜか学芸大学にある一軒の町中華だけで、その抹茶商品が異常なほどよく売れていたのだ。
「抹茶ハイの素も他社さんから出ているし、粉を溶かすお店だってあるじゃないですか。粉の方が安かったりもするのに、なんであの中華屋さんだけうちの濃縮液が飛ぶように売れるんだろう?と思って。気になって1人でご飯を食べに行ったんです。」
他社の粉末や抹茶ハイの素がある中で、なぜその店だけが博水社の業務用の抹茶を何ケースも注文し続けているのか。理由を確かめるため、田中氏は1人で学芸大学の町中華へと向かった。
餃子やエビチリなどの中華料理をつつきながら、「大将、うちの抹茶めちゃくちゃ使ってくれてありがとう。どうやって出しているの?」と尋ねてみた。すると大将は笑いながら教えてくれた。
「うちって中華屋じゃないですか。食べ物も餃子とかエビチリとかコテコテで脂っこい物が多いでしょ。だから、さっぱりしたものを飲みたいお客さんのために、抹茶の中にさらにレモンを絞って入れていたんだよ。そうすると口の中の脂が流されるから、おかわりが出るんだよねって。」
グラスに氷をたっぷり入れ、濃い抹茶にレモンをひと絞りする。脂っこい中華料理に合わせて、大将が独自にレモンを入れて提供していたのだった。
実際に飲んでみると、抹茶のまろやかさにレモンの爽やかさが加わり、中華料理の脂っぽさをすっきりと流してくれる。その組み合わせに可能性を感じた田中氏は、会社に戻って開発に着手した。
まずこだわったのは、抹茶選びだった。選び抜いた抹茶をこれでもかというほどたっぷりと使用し、それを爽やかに仕上げるため、甘ったるさがなく、フレッシュな余韻の残るレモンフレーバーを厳選。細かな調整を重ねながら、『抹っ茶れ』という商品として形にしていった。
メーカーが会議室で考えた飲み方ではない。酒場の大将が生み出した、まさかと思うような組み合わせの飲み方に、田中氏が可能性を感じ、商品にしたのだった。

酒屋の社長に教わった比重と、バーテンダーのカクテル
ヒントをくれるのは居酒屋の店主だけではない。商品を現場へ届ける酒屋との会話にも、きっかけが存在する。
ある日、創業100年ほど続く業務用の老舗酒屋の社長と「お酒ってやっぱりカラフルで楽しい方がいいよね。グラスの中で綺麗な層ができたらワクワクするよね」と話をしていた時のことだ。酒屋の社長がこう言った。
「田中さん、絶対比重が違うはずだから重なるはずだよ。無糖の液体は軽いから上に行くでしょ。スンチー(杏仁檸檬)みたいに糖分が入っているのは重いから下に行くじゃない。重い順番に入れてごらんよって。」
例えば、グラスに焼酎を入れ、そこへピンク色の「スンチー杏仁檸檬」と「ハイサワーレモン」を順番に注いでいく。
比重の違いによって2つの色がゆっくりと重なり、一杯の中に目でも楽しめるグラデーションが生まれる。
博水社では、この飲み方を「縁結びハイサワー」として紹介している。
焼酎と2種類のハイサワーを使い、願い事をしながら自分で注いで作る。ハイサワーはお酒そのものではなく、お酒を割って楽しむ「割り材」だ。
焼酎と合わせればサワーとして、ハイサワーだけを使えばノンアルコールでも楽しむことができる。
楽しみは、完成した一杯だけではない。
自分で注ぎ、色がゆっくりと重なっていく様子を眺める。
その時間そのものが、同じ卓を囲む人との会話のきっかけになる。
田中氏の商品づくりには、こうして飲む人が自分なりに遊べる余白が残されている。
そして、その余白から生まれた飲み方に、今度は田中氏自身が驚かされることもある。
外国人客が9割を占める六本木の老舗ロックバーを訪れた時のことだ。バーテンダーが「田中さん、すごい美味しい飲み方考えちゃったから飲んでみて」と出してきたのは、キンキンに冷えたテキーラグラスに入ったマティーニだった。
「ほんの小さじ1杯分位、うちのハイサワースンチー濃縮タイプ液をフッと落として出されたんです。ジェームス・ボンドの気分でどうぞなんて言われて(笑)。飲んでみたら、もうベロベロになるまでいけそうなくらい美味しくって!」
さらにそのバーでは、『抹っ茶れ』を焼酎ではなくジンと炭酸で割り、仕上げに塩をあしらい、スライスレモンを添えた1杯1000円のカクテルとして出していた。
「自分の知らないアレンジを現場でされて、お客さんに喜ばれているのを見ると、すっごく嬉しいんですよね! お酒ってやっぱり、そういう遊び心や楽しさがあるのが一番だと思うんです。」
博水社がつくった割り材が酒場へ渡り、そこで別の誰かの発想と出会い、メーカー自身も知らなかった一杯に変わっていく。
田中氏にとって、それは商品を想定どおりに飲んでもらうこと以上に嬉しいことなのかもしれない。

徹底して楽しく飲める場所のために
メーカーが「こう飲んでほしい」と枠を決める必要はない。
酒場へ行けば、大将が思いがけない組み合わせを試し、酒屋が比重の仕組みを教え、バーテンダーが飲んだこともない組み合わせのカクテルを作って待っている。自分たちの造った商品を、現場の人たちが自由に楽しんでくれていることが、何より嬉しい。
「お酒ってさ、お米とかパンとか納豆みたいな生活必需品じゃないから、あってもなくてもいいものじゃないですか? だからこそ、ちょっとワクワクしたり、隣の人と仲良くなれたりする『たのしさ』が一番大事なんです。」
縁結びハイサワーも、グラスの中に綺麗な2色を作るだけの飲み方ではない。
作る人が楽しみ、その変化を見た人が声をかける。一杯を挟んで、同じ場所にいる人の時間が少し近づく。田中氏の言う「楽しさ」は、そうした瞬間にも宿っているのだろう。
そう語る田中氏は、武蔵小山の晩杯屋で美尻シールを配っていた時のように、今日もハイサワーを飲んでいる誰かの姿を探して、酒場のカウンターの端へ向かっていく。

(完)
文|山本龍成
【編集後記】
田中氏にお話を伺い、実際に酒場で過ごす姿を見て周囲の人への感謝を、単なる言葉ではなく、日々の行動として体現していることがとても印象に残った。
酒場で博水社の商品を楽しんでいる人を見つけると、田中氏は自らその人のもとへ歩み寄る。そして、同じ酒場で一杯を楽しむ1人の人間として相手と目線を合わせ、まっすぐに「ありがとうございます」と声をかける。
自社の商品が注文されている光景を、売上や成果として遠くから眺めるのではない。そこには、「消費者」という括りを越えて、一人ひとりとの縁を大切にする田中氏の人柄が表れていた。
博水社の商品を使った「縁結びハイサワー」を教えていただいたときにも、その姿勢は変わらなかった。
(グラスに焼酎を入れ、異なる2つの味(フレーバー)のハイサワーを順番に注ぐことで、色の重なりによる綺麗なグラデーションを作って楽しむ飲み方)
その作り方を教えてくれる田中氏は、誰よりも楽しそうだった。色が重なる瞬間を喜び、完成した一杯のおいしさを満面の笑みを浮かべて語る。その姿を見ていると、飲み方を説明されているというより、「こんな楽しみ方を見つけたから、一緒に試してみませんか」と誘われているような気持ちになる。
まず自分自身が心から楽しみ、おいしいと感じ、その驚きを目の前の人と分かち合う。
田中氏にとって商品を届けることは、物を販売することだけではないのだろう。
一杯をきっかけに会話が生まれ、人と人がつながり、その場が少し楽しくなるところまでを含めて、仕事なのだと感じた。
もう1つ、田中氏の「分からないこと」への向き合い方にも強く惹かれた。
今であれば、分からないことはインターネットですぐに調べられる。詳しい人へ任せることも、外部の専門家に依頼することもできる。しかし田中氏は、誰かへ渡すのではなく、自分自身が理解するために、働きながら学ぶ道を選んだ。
それは、単なる勉強熱心さではない。自分が責任を持つ仕事だからこそ、人任せにせず、自分の言葉で判断できるところまで理解しようとする姿勢である。その積み重ねが、現在の経営者としての田中氏を形づくっているのだと思う。
田中氏のこれまでの歩みは、最初から用意されていた一本道ではない。
怪我によって、打ち込んできたバレエを続けられなくなったこと。会社に入ってから、分からないことが次々と降りかかってきたこと。新商品の開発では、思い描いた味や形へたどり着くまで、長期にわたる試行錯誤を重ねてきたこと。
どの出来事も、その瞬間だけを見れば、思いどおりに進まない経験だったはずだ。しかし田中氏は、それらを単なる挫折として終わらせず、学び・試し直し、周囲と楽しいと思ったものを共有する。
その繰り返しによって、自らのキャリアと博水社の新しい道を切り開いてきた。
そして今も、田中氏は1つの完成形にとどまっていない。
新しい商品の開発だけでなく、既存の商品にも新しい飲み方を与え、お酒を飲む人にも、飲まない人にも、それぞれが楽しめる選択肢をつくろうとし、同じ場にいる人たちが一緒に楽しめる方法を考え続けている。
田中氏と博水社は、これからも「割り材」という枠を越え、一杯を通じて、人と人との間に新しい会話や縁を生み出していくのだろう。その歩みを、記録するだけではなく、酒場で一杯を楽しむ1人の消費者として、これからも見つめ、飲み、応援していきたい。
編集後記|なかむらかほ